金子 信雄(読み)カネコ ノブオ

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「金子 信雄」の解説

金子 信雄
カネコ ノブオ


職業
俳優 料理研究家

生年月日
大正12年 3月27日

出生地
東京市 下谷区(東京都 台東区)

学歴
京華中卒

経歴
小学校1年の時結核を患い、20歳まで闘病生活。昭和19年文学座に入り、21年成瀬巳喜男監督の「浦島太郎後裔」で映画デビュー。27年退団、木村功らと旧青俳を作ったが脱退。映画出演は400本以上で、その3分の2が悪役。日活アクション路線で、撃たれ続け、東映やくざ路線全盛期には切られ通す。41年に新劇人クラブ「マールイ」を結成、代表として活動を続けている。フランス料理店「牡丹亭」のオーナーでもある食通家、粋で博学随筆家としても知られる。テレビ朝日「楽しい夕食」は千回を越える人気番組だった。著書に「腹が鳴る鳴る」「口八丁手包丁」「好色十三月夜」「楽しい夕食」など。

没年月日
平成7年 1月20日 (1995年)

家族
妻=丹阿弥 谷津子(女優)

伝記
舞台人走馬灯みんな日活アクションが好きだった脇役の美学映像のスリット―わが映画人生 矢野 誠一 著大下 英治 著田山 力哉 著中島 貞夫 著(発行元 早川書房廣済堂出版講談社芸艸堂 ’09’99’96’87発行)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「金子 信雄」の解説

金子 信雄
カネコ ノブオ

昭和・平成期の俳優,料理研究家



生年
大正12(1923)年3月27日

没年
平成7(1995)年1月20日

出生地
東京市下谷区(現・東京都台東区)

学歴〔年〕
京華中卒

経歴
小学校1年の時結核を患い、20歳まで闘病生活。昭和19年文学座に入り、21年成瀬巳喜男監督の「浦島太郎の後裔」で映画デビュー。27年退団、木村功らと旧青俳を作ったが脱退。映画出演は400本以上で、その3分の2が悪役。日活アクション路線で、撃たれ続け、東映やくざ路線全盛期には切られ通す。41年に新劇人クラブ「マールイ」を結成、代表として活動を続けている。フランス料理店「牡丹亭」のオーナーでもある食通家、粋で博学な随筆家としても知られる。テレビ朝日「楽しい夕食」は千回を越える人気番組だった。著書に「腹が鳴る鳴る」「口八丁手包丁」「好色十三月夜」「楽しい夕食」など。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「金子 信雄」の解説

金子信雄 かねこ-のぶお

1923-1995 昭和後期-平成時代の俳優。
大正12年3月27日生まれ。丹阿弥谷津子の夫。昭和19年文学座にはいり,21年「浦島太郎の後裔」で映画デビュー。悪役として映画,テレビドラマに出演。41年新演劇人クラブ・マールイを結成,主宰する。料理研究家としても知られた。平成7年1月20日死去。71歳。東京出身。京華中学卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「金子 信雄」の解説

金子 信雄 (かねこ のぶお)

生年月日:1923年3月27日
昭和時代;平成時代の俳優;料理研究家
1995年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

五節舞

日本の上代芸能の一つ。宮廷で舞われる女舞。大歌 (おおうた) の一つの五節歌曲を伴奏に舞われる。天武天皇が神女の歌舞をみて作ったと伝えられるが,元来は農耕に関係する田舞に発するといわれる。五節の意味は...

五節舞の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android