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浦島太郎 うらしまたろう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

浦島太郎
うらしまたろう

御伽草子 (おとぎぞうし) 23編の一つ。室町時代に成る。浦島太郎が釣り上げた亀を放したのち,亀の化身の美女に誘われ,海中の竜宮に行き契りを結ぶ。3年後帰郷して玉手箱を開くとたちまち白髪の翁となり,鶴の姿で昇天したという異類婚姻譚,異郷逗留説話。浦島伝説は古く『日本書紀』や『万葉集』巻九,『浦島子伝』などに記されるが,報恩譚を加え,「太郎」と称したのは本書が最初で,以後長く童話として流布した。 (→浦島伝説 )  

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デジタル大辞泉の解説

うらしま‐たろう〔‐タラウ〕【浦島太郎】

浦島説話の主人公である「浦島の子」の、御伽草子以降の呼び方。また、その伝説。丹後国の漁師浦島は、ある日助けた亀の誘いで海中の竜宮に行き、乙姫の歓待を受ける。土産に玉手箱をもらって村に戻ると、地上ではすでに300年が過ぎていたので、厳禁されていた玉手箱を開けてしまうと、白い煙とともにたちまち老翁となってしまう。
御伽草子。1巻。作者未詳。室町時代の成立か。浦島説話を題材にしたもの。浦島が老翁となったあと鶴と化し、乙姫が化した亀と夫婦の明神になる。

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百科事典マイペディアの解説

浦島太郎【うらしまたろう】

室町時代成立の御伽(おとぎ)草子。丹後国の漁夫浦島太郎が亀を助けた縁で,竜宮におもむき美女に化した亀と契り,のち帰郷して玉手箱を開くと白髪の翁となったという話。
→関連項目伊根[町]続浦島子伝記丹後国

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

浦島太郎 うらしま-たろう

伝説上の人物。
御伽(おとぎ)草子「浦島太郎」によれば,命をたすけた亀の変身した女性にみちびかれて異郷(竜宮城)へいき,3年間滞在。望郷の念にかられて故郷にかえると700年がすぎており,土産の玉手箱をひらくと一瞬のうちに白髪の老人となる。「日本書紀」「万葉集」「丹後国風土記」逸文などにしるされ,水江浦島子(みずのえの-うらしまのこ)の名で始祖伝説の形をとることもある。

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朝日日本歴史人物事典の解説

浦島太郎

奈良時代の『日本書紀』雄略紀,『丹後国風土記』『万葉集』にとりあげられた同時代の事件で,主人公は丹後(京都府)の水江浦に住む日下部という家の始祖で浦島(のちに浦島太郎)。ある日,彼が海に出て大亀をつりあげたが殺さず,助けたので,大亀は女となって太郎をつれて竜宮にゆく。そこではたのしかったが故郷にかえりたくなって玉手箱をもらってかえる。その玉手箱はあけるなということだったが,知る人もない故郷の岸辺で太郎が箱をあけると紫の煙が三すじたちのぼって白髪の老人となった。太郎が日本を出たのは雄略天皇22年,かえってきたのは淳仁天皇2年で,その間の348(700ともいう)年がこの玉手箱に封じてあったのだ。浦島太郎はその後,近松門左衛門,島崎藤村,森鴎外,さらには小学唱歌にとりあげられて知らぬ人のない日本人のひとりとして今もわれわれの間に生きている。

(鶴見俊輔)

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日本文化いろは事典の解説

浦島太郎

浦島太郎は室町時代に作られた「おとぎ草子(※)」の中のお話のひとつです。浜辺で子ども達に苛められていた亀を、浦島太郎が助けたことが物語りの始まりです。浦島太郎は亀を助けたお礼にと、竜宮城へ招かれます。竜宮城で歓迎され、楽しい生活を送る浦島太郎ですが・・・。※おとぎ草子・・・300以上の短編物語を集めた書物で、室町時代から江戸初期にかけて成立しました。

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デジタル大辞泉プラスの解説

浦島太郎

日本の唱歌の題名。作詞:乙骨三郎、作曲者は不詳。発表年は1911年。2007年、文化庁と日本PTA全国協議会により「日本の歌百選」に選定。

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世界大百科事典 第2版の解説

うらしまたろう【浦島太郎】

浦島太郎の話は,一般には次のようなものとして知られている。浦島は助けた亀に案内されて竜宮を訪問。歓待を受けた浦島は3日後に帰郷するが,地上では300年の歳月が過ぎている。開けるなといわれた玉匣(玉手箱)を開けると白煙が立ち上り,浦島は一瞬にして白髪の爺となり死ぬという内容で,動物報恩,竜宮訪問,時間の超自然的経過,禁止もしくは約束違反のモティーフを骨子とする。奈良時代の《日本書紀》雄略22年の条,《万葉集》巻九の高橋虫麻呂作といわれる〈詠水江浦島子一首幷短歌〉,《丹後国風土記》,平安時代の漢文資料〈浦島子伝〉〈続浦島子伝記〉などにも記述がみえる。

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大辞林 第三版の解説

うらしまたろう【浦島太郎】

○浦島の子 」に同じ。「御伽草子」以降の呼称。
「御伽草子」二三編中の一。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

浦島太郎
うらしまたろう

伝説として古典文学に記された説話。動物(亀(かめ))の報恩によって異郷(常世国(とこよのくに)、蓬莱(ほうらい)郷、竜宮城)を訪れたという昔話の全国的伝承でもある。およその梗概(こうがい)は次のごとくである。ある日漁に出ていた浦島は、亀を釣ったが、海に返してやる。ところが、翌日、女房の姿となって小舟に現れる。請われるままに竜宮城に送って行き、そこで女房と夫婦になる。3年を経て故郷に帰るとき、女房から、けっしてあけるなと、形見に美しい箱(玉匣(たまくしげ)、玉手箱)をもらう。故郷は荒れ果てて700年の時がたっていた。禁を犯して箱をあけると三筋(すじ)の雲が立ち上り、浦島は老人となる(御伽草子(おとぎぞうし)では、のちに浦島明神として現れ亀姫と結ばれる)。古くは、『万葉集』巻9に「詠水江浦島子一首并(ならびに)短歌」とある。丹後(たんご)(京都府)の日下部(くさかべ)氏の氏族伝承的な、己の出自を述べる神話としては『日本書紀』雄略(ゆうりゃく)天皇22年条や、『丹後国風土記(ふどき)逸文』(『釈日本紀(しゃくにほんぎ)』所引)、『浦島子伝』『続浦島子伝記』(『群書類従』135所収)など、平安初期までに漢文学化されている。『続浦島子伝略抄』(『扶桑(ふそう)略記』所収)もある。『源氏物語』夕霧にも浦島の玉匣への思いが詠まれているし、和歌も多く、中世説話文学の時代に入っても、『古事談』『宇治拾遺(うじしゅうい)物語』(巻12の22)、『本朝神仙伝』『無名抄(むみょうしょう)』『元亨釈書(げんこうしゃくしょ)』にその系統を継ぎ、御伽草子『浦島太郎』で初めて「太郎」の名を与えられて伝説の悲劇性を本地物の祝言性に変更する。謡曲『浦島』も同じ傾向であるが、さらに近世に入ると赤本などにも収められ子供向きに脚色され、錦絵(にしきえ)などにもなった(『燕石(えんせき)雑志』4に詳しい考証がある)。明治期に入っても幸田露伴(こうだろはん)、森鴎外(おうがい)、坪内逍遙(しょうよう)などの解釈において取り上げられている。京都府与謝(よさ)郡伊根町の宇良神社(浦嶋神社)蔵の諸縁起は、在地性を備える伝承である。
 そのほかに、全国的伝承は丹後半島を中心に、横浜市の蓮法寺(れんぽうじ)や長野県木曽郡の寝覚床(ねざめのとこ)や埼玉県秩父(ちちぶ)郡小鹿野(おがの)町など約20ほどの伝説が報告されていて、「椀貸淵(わんかしぶち)」や「竜宮伝説」とも重層している。この伝説のモチーフは、他郷滞在、禁忌(タブー)侵犯、時の超経過の三つといえる。人界から異なる他界への畏怖(いふ)観を、禁忌不可侵(玉匣、玉手箱)の鉄則を破ることで社会的な罰則、破綻(はたん)をこうむるという筋立ては、昔話の動物報恩による異類婚姻譚(たん)の型である。海神の使者ともいうべき他界の動物報恩は、浦島伝説のみならず、『日本霊異記(にほんりょういき)』上「亀を購(あがな)ひて放生せしめ現報を得る縁」をはじめ中世説話文学にもみえ、昔話「蛤(はまぐり)女房」などと軌を一にするものである。それは沖縄のニライカナイ信仰などに伝存する他界水平観における神霊の豊穣(ほうじょう)致富の約諾の古代的発想が伝承されたといえる。南太平洋諸島にも類似の伝承がある。
 今日もっとも知られている亀の背による竜宮城往復は中世以降の型である。口承の伝説的昔話では、太郎が継子(ままこ)であったり(福井)、鶴(つる)と化したり(香川)、3人兄弟の長男の申し子であったり(京都)、亀がカレイであったり(青森)する。「竜宮童子」「竜宮女房」「黄金の斧(おの)」「沼神の手紙」などのモチーフとも比較されるべきであろう。また他界の短時間が人界の超時間となるのは、『竹取物語』や、甲賀(こうが)三郎譚などにみえ、そこには同じく他界への畏敬観が伝承されている。[渡邊昭五]
『高木俊雄著「浦島伝説の研究」(『日本神話伝説の研究』所収・1925・岡書院) ▽出石誠彦著「浦島の説話とその類例について」(『支那神話伝説の研究』所収・1938・中央公論社) ▽坂口保著『浦島説話の研究』(1955・新光社)』

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世界大百科事典内の浦島太郎の言及

【海人】より

…古代神話のなかに,海人たちの間に発生,伝承されてきたと思われるものがいくつかあり,それらには周辺諸民族のものとの類似が認められる。まず,《丹後国風土記》逸文所載の〈水江の浦嶼の子〉は,中世後期に御伽草子が盛行するなかで,〈浦島太郎〉の話となって今日に伝承されている。主要モティーフは,海神宮訪問―異郷淹留(えんりゆう)―それにまつわる禁止となっている。…

【旅】より

…家並みも,自然的風景配置もなんら変わってないのに,その離脱の間に,人は自分と関係なく事をおこし,自分は異人として受け入れられる立場に立つ。浦島伝説で竜宮から帰った浦島太郎が,乙姫の言葉にそむいて玉手箱をあけるとともに老化する話は,まさに離脱時に凍結した日常的関係世界のイメージと,帰還時に見いだした変化してしまった現実との時間的差異感覚を,旅人の側の老化というかたちでみごとに表現している。ともあれこのずれにもとづく差異感覚は,帰入時の旅人の側に,現実との再調整を迫る。…

【丹後国】より

…丹後の古代を語るとき,忘れられないのは水江浦島子の伝説である。俗にいう浦島太郎の話で,丹後以外にも多く分布するが,伊根町宇良(うら)神社をその故地と伝えている。顕宗天皇は即位前に宮廷の内紛を避けて与謝郡に逃げたともいい,浦島子伝説とあわせて真偽はともかく丹後国独自の文化を発展させながら大和政権のそれをも吸収していたことが知られる。…

【伝説歌】より

…《万葉集》巻十六の桜児(さくらご)伝説の歌などそれ自体が伝説の一部である歌と,歌人が伝説に触れて発した詠懐の歌との二つのタイプがあるが,両者は区別して考える必要がある。万葉歌人の中でも高橋虫麻呂の伝説詠懐歌4編(水江浦島子(みずのえのうらのしまこ)(浦島太郎),上総末珠名(かみつふさのすえのたまな),勝鹿真間娘子(かつしかのままおとめ)(真間手児名(てこな)),菟原処女(うないおとめ)の伝説。いずれも巻九)は,叙事的な語りのスタイルと作者のロマンティシズムやシニシズムとあいまって出色である。…

【寝覚ノ床】より

…川幅の狭いところは7mぐらいで,水は巨岩にあたってしぶきを上げて流れる。松の緑と白い岩,エメラルド色の流れは木曾路随一の景として古来有名で,浦島太郎の竜宮城はこの下にあるという伝説もある。東岸段丘上の臨川寺からの展望がよい。…

【三崎半島】より

…この山頂には弥生時代中期の高地性集落である紫雲出遺跡がある。半島には浦島太郎をめぐる地名伝説があり,紫雲出山を中心とする島はかつて浦島と呼ばれていた。〈家浦〉が太郎の父の里で,太郎は〈生里(なまり)〉で生まれ,〈箱崎〉から竜宮に行き,〈積(つむ)〉に帰って玉手箱をあけたところ煙がたなびいたのが紫雲出山という。…

【竜宮】より

…そして竜宮は,奇跡や豊穣の源泉として考えられている。 日本の竜宮の観念の代表は,浦島太郎の訪れた竜宮城であって,美しい乙姫がおり,楽しい豪華な異郷である。このような竜宮観は昔話にも現れ,たとえば竜宮童子においては,爺が淵に柴をなげ入れたお礼に,淵の底の屋敷から来た竜宮童子は爺に富をもたらし,後に火男(カマド神)になったといい,竜宮女房では,花を水中に献じた男は,そのお礼として竜宮の美女を妻にもらうのである。…

※「浦島太郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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