知恵蔵 「AIJ投資顧問」の解説
AIJ投資顧問
AIJの設立は1989年で、野村証券の有力営業マン出身の浅川和彦社長らが2004年頃から年金運用を開始。市況の落ち込みに反し、安定した高利回りという「実績」を売り物にしていた。役員には、総会屋への利益供与事件に連座した野村証券の松本新平元幹部などが名を連ねる。
資産の運用は、同社と実質一体である英領バージン諸島の「管理会社」で行われた。運用資産についての「管理会社」が行う評価は、あたかも運用益が出ているかのごとく浅川社長らが改ざんして顧客に説明。資金は、AIJ傘下のアイティーエム証券を販売会社として、英領ケイマン諸島に浅川社長らが設定した、私募投資信託に流れた。実際の資金運用は香港などで行われていたが、運用開始直後から目減りが進んでいたと見られ、リスクの高い取引を短期間に繰り返すなどして、そのほとんどが失われた。厚生基金の資産は年金特定信託として信託銀行が事務を受託している。しかしながら、信託協会の野中隆史会長によれば、投資顧問会社の外国籍投信は公正時価を出すのが難しく、現在の業務フローでは信託銀行が評価の偽りを見抜くのは困難な状況だという。
厚生基金は企業年金の他に公的年金である厚生年金の積立金の一部を借りて運用している。この積立金にまで損失が食い込む「代行割れ」に至った厚生基金が全体の4割近くに上り、予定利率を達成できないまま運用に窮しているのが現状。経済同友会の長谷川閑史代表幹事は、資金運用を委託していたのは中小企業の厚生基金が多く、資金運用や投資のノウハウがないために「運用利率の高い」ところに流れたという。被害が拡大した背景には、多数の厚生基金への旧社会保険庁や官公庁の天下り人脈の関与も指摘されている。AIJは、社会保険庁有力OBが経営する年金コンサルタント会社と顧問契約を結んでいた。この会社が基金運用セミナーを主催して、厚生基金に勤める同庁OBらに出席を呼びかけると共に、浅川社長を「講師」として「招く」などの手法で、AIJに対する信頼を獲得していた。
年金運用の受託会社は登録制で開業でき、第三者による会計監査も義務付けられていない。AIJに関する情報は証券取引等監視委員会や金融庁に寄せられていたが、12年1月までは検査は行われていなかった。事件発覚を受け、金融庁は同業の投資一任業者に対する一斉調査に着手するとともに、再発防止に向けて検査・監督を強化する方針。厚生労働省も厚生基金の資金運用に関する規制を強めることを検討している。AIJに対して一任勘定契約を結んでいたのは、地域同業種の中小企業などを集めた総合型73基金の他、計84基金。年金資産の57%を委託していた神奈川県印刷工業厚生年金基金や、93億円を委託していた富士電機厚生年金基金などの約88万人の年金に影響が及ぶ。厚生基金が「代行割れ」の事態になると、穴埋めを迫られる企業が連鎖的に倒産する事態も懸念され、厚生年金保険料の積立金から補填(ほてん)するなどの救済案が与野党から浮上している。
(金谷俊秀 ライター / 2012年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報