日本大百科全書(ニッポニカ) 「TAA」の意味・わかりやすい解説
TAA
てぃーえーえー
貿易の自由化によって職を失った労働者を支援するアメリカの制度。Trade Adjustment Assistanceの略称で、日本では「貿易調整支援」などと訳される。FTA(自由貿易協定)の締結や推進で、生産拠点が海外に移転したり、業績が悪化したりした国内産業の従事者を救済する目的で実施される。TAAは、失業に伴う一時的な所得補償、失業手当の延長支給、転居手当の支給などの経済的支援のほか、職業訓練などの雇用の流動化促進策からなる。職を失った人などからの申請に基づき、商務省などの公的機関が審査・認定して給付する。ガット(関税および貿易に関する一般協定)の交渉権限を得る目的でアメリカのケネディ政権が1962年に初めて実施。アメリカではWTO(世界貿易機関)協定や主要国・地域とのFTAの批准・承認時などに導入しており、最近では、TPP交渉時に大統領に交渉権限を一括して与えるTPA実施時に、TAAを同時に導入することが決まった。ヨーロッパや韓国などにもTAAと類似の制度がある。
ニューヨーク大学教授のフェルナンデスRaquel Fernándezとプリンストン高等研究所教授のロドリックDani Rodrik(1957― )は1991年、政権が貿易自由化を進める際には、貿易自由化の利点と、自由化で不利益を被る人々への救済措置を同時に表明することが重要であると理論的に示した。TAAは自由化で不利益を被る人々への救済機能を担っているほか、広く一般の有権者から自由化に対する懸念を払拭(ふっしょく)する効果をもつとされる。しかし衰退産業に労働者を滞留させ、自由化に伴う構造改革を遅らせる側面もあるとされており、通常、TAAは時限立法に基づき5年とか7年といった期限を切って実施される。
[矢野 武 2016年5月19日]