改訂新版 世界大百科事典 「日樹」の意味・わかりやすい解説
日樹 (にちじゅ)
生没年:1574-1631(天正2-寛永8)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…家康の保護や加藤清正,徳川秀忠の乳母岡部局,前田利家の側室寿福院らの援助もあって堂塔が建立された。近世初頭京都で起こった日蓮教団における受不施・不受不施の論争や対立は東国でも起こり,その中心の一人に本門寺16世日樹がいた。1630年(寛永7)日樹は受不施派が占有した身延久遠寺の日暹(につせん)らと論争(身池対論)して敗れ,他の不受派の人々とともに流謫された。…
※「日樹」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...