アフマッド・シャー・ドゥラーニー(その他表記)Aḥmad Shāh Durrānī

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

アフマッド・シャー・ドゥラーニー
Aḥmad Shāh Durrānī

[生]1722
[没]1772頃
アフガニスタン,ドゥラーニー朝の創始者 (在位 1747~72頃) 。ナーディル・シャーの暗殺後,その将であったアフガン系アブダリー族のアフマッドはアフガニスタンに戻り,カンダハールで即位して,ドゥラーニー朝を創設。ホラーサーンに進出して,その地を支配下に収めたほか,しばしばインドに侵入し,1757年にはデリー,アーグラなどを略奪した。 61年古戦場パーニーパットで彼の軍勢とマラータとの間で行われた決戦は特に有名。この敗戦を機としてマラータの勢力拡大は頭打ちとなった。

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