日本大百科全書(ニッポニカ) 「ウェルネルの法則」の意味・わかりやすい解説
ウェルネルの法則
うぇるねるのほうそく
インド・ヨーロッパ語(印欧語)における音韻変化の特殊規則。インド・ヨーロッパ語におけるグリムJ. Grimmの法則によれば、インド・ヨーロッパ祖語の[p,t,k]はゲルマン祖語でそれぞれ[f,θ,h]に変化したことになる。ところがインド・ヨーロッパ祖語の[pəté:r](父)はゲルマン祖語の[fáder]に対応する。語頭の[p]→[f]はグリムの法則に合致するが、語中では[t]→[d]となり、法則に従わない。この異例はインド・ヨーロッパ語の比較言語学者の間で問題となり、音韻法則そのものの真価が疑われるようになった。1876年デンマークの言語学者カール・ウェルネルKarl Verner(1846―96)は、この異常な対応を次のように説明した。インド・ヨーロッパ語の[pəté:r]はまず前期ゲルマン祖語においては、グリムの法則どおり[faθé:r]となり、語中で[t]→[θ]の変化がおこった。しかし、アクセントをもつ母音の前では無声音[θ]が有声音[d]に変わり、一時[fadé:r]という形をとった。その後アクセントが前の音節に移動し、結局[fáder]の語形が派生されたのである、と述べた。このように音韻変化において、アクセントの位置を考慮に入れることにより、グリムの音韻法則の正当性が証明され、「音韻法則に例外なし」という青年文法家ウェルネルの主張が裏づけられることとなった。
[小泉 保]