日本大百科全書(ニッポニカ) 「ウォルケルス」の意味・わかりやすい解説
ウォルケルス
うぉるけるす
Jan Hendrik Wolkers
(1925―2007)
オランダの小説家、彫刻家。性道徳と宗教のタブーからオランダ文学を解放した先駆者。アムステルダム、パリで彫刻を勉強。言語表現とテーマはバイブルを原典にしている。1961年に小説家としてデビュー。主人公が、こめかみの痣(あざ)ゆえにカインの呪(のろ)いがあるとして、弟の死は自分の責任だと感じる、『旧約聖書』の弟アベル殺しの兄カインの話に題材を得た最初の長編『GI刈り』(1962)で注目を集める。自叙伝的小説『ウーストヘースト町再訪』(1965)は、父親の権威と敬虔(けいけん)な信仰に反発する息子の自由への欲求と空想がテーマ。窒息しそうに息苦しいカルバン派新教の生活環境にあっては、空想だけがそこから逃避する唯一の道だというのは、オランダ人作家の多くが扱うテーマだが、ウォルケルスが他の作家と違うところはその活力とスタイルにある。バイブルにインスピレーションを得たメタファー(暗喩(あんゆ))が盛りだくさんに使われている作品は、スタッカートの(矢つぎばやなたたみかけるような)短文と歯切れのよい会話によって、装飾過多になることもなく、すっきりしている。話題作の『肉体のバラ』(1963)、『恐怖のタンゴ』(1967)、『トルコの果物』(1969)は、生への情熱つまり情欲と死への情熱を神を媒介にして結び付け、神が存在しなければ、死も存在しないはずだとし、純粋の肉体愛も死には敵(かな)わないというテーマを扱う。『燃え上がる恋』(1981)は、芸術が生と死の間に入って人の人生の幾多の可能性を与えてくれると説く。1984年に長編『無情時代』を出す。その後は『おとぎ噺(ばなし)22篇(へん)とその他の寓話(ぐうわ)』(1985)、エッセイ『アールズのターザン』(1991)、『ロメルダムのレンブランド』(1991)が続く。1989年のホーフト文学大賞をはじめいくつかの文学賞の受賞を拒否している。
[近藤紀子]