翻訳|fantasy
現実ではない虚構の世界をあれこれ思いめぐらすことであるが、空想には二つの異なる側面がある。その一つはまったく非現実的で「幻想」illusionとよばれるものに近く、他の側面はより現実的で「想像」imaginationとよばれるものに近い。幻想の意味で空想が取り上げられるときには、現実に満たすことのできない願望を空想活動によって満たすものと考えられる。この意味では、空想と願望は密接な関係をもっている。投影法的な心理検査法の一種である主題統覚検査(TAT:Thematic Apperception Test)では、ある状況を描いた刺激図版を提示して空想的物語をつくらせるが、これは空想のなかに願望がよく現れることを利用して、心理的検査を行おうとするものである。昼間に抱く白昼夢とよばれる幻想においても、夜の夢においても、願望は幻想的ないしは幻覚的に充足されている。だから、夢は願望を充足するものといわれる。
これに対して、想像とよばれる空想では、空想そのものが構想力をもつことが強調され、過去経験の単純な再生や再認とは区別される。また、現実に縛られた考えしかできず、想像力がないからいい考えが浮かんでこないというときには、想像力は創造力をも意味しており、現実から空想に逃避するのでなく、空想によって現実を把握しようとする働きがある。幻想と想像は空想の両極端をなすものであり、空想のなかにはこの二つの特徴が含まれている。だから心理治療の観点からいえば、空想は症状として現れるものであると同時に、症状をつくりだすことによって治癒しようとする試みであるということができる。精神分析は、方法論的にいえば空想の研究であるということができる。
[外林大作・川幡政道]
『フロイト著、高橋義孝訳「詩人と空想すること」(『フロイト著作集3』所収・1969・人文書院)』▽『チャールズ・ライクロフト著、神田橋条治・石川元訳『想像と現実』(1979・岩崎学術出版社)』▽『ジャン・ラプランシュ、J・B・ポンタリス著、福本修訳『幻想の起源』(1996・法政大学出版局)』▽『ロナルド・ブリトン著、松木邦裕監訳、古賀靖彦訳『信念と想像 精神分析のこころの探求』(2002・金剛出版)』
現実とはかけ離れて新しく作り出された独特の想像のこと。類縁の言葉に夢想,白昼夢,妄想,幻想などがある。空想は非現実的,創造的,独自的などの特徴をもつ思考の表象作用であるが,多分に視覚的・画像的傾向がある。正常成人の覚醒思考でも見られるが,夢や薬物中毒その他の精神病的状態で顕著であり,天才,精神遅滞,幼児,未開人の思考にもみられる。空想は音楽,絵画,文学などの芸術や哲学,宗教から発明,発見などの科学的分野にまで関連しうる。その特徴として,〈非現実的〉とは論理に束縛されず,時間的・空間的に自由自在に発展し,因果関係の法則にとらわれず,主観と客観とか自己と他者,自我と外界といった区別を無視して変転,拡大しうるということが挙げられる。〈創造的〉とは従来になく新しいということだが,これについては,過去に体験した記憶心像をもとに作り出したのか,単に組み換えただけなのか,あるいは過去の体験とは関係ない新規のものかという問題がある。〈独自的〉とは,ある人に特有で他にはないことだが,一方では主観的,自己中心的,排他的ともいえる。空想は奇想天外で超自然的,神秘的,怪奇で不気味だが変わりやすく気まぐれでもある。歴史的にみると,ギリシア・ローマ時代以来,空想は身体的・衝動的ないしは感覚的・知覚的経験と,最高の精神的表象との間に位置づけられ,その2者を結びつける力動的表象能力という考え方が多く,古くは妄想や幻覚も含めてギリシア語,ラテン語ではファンタシアphantasiaといわれた。ライプニッツ,ニーチェ,ショーペンハウアーらは空想を無意識的なものを意識的なものへもたらすものととらえ,F.ブレンターノ,フッサールは空想の力動性に注目した。フロイトは空想を現実原則を超えた,論理的判断以前のものとして,子宮(母胎)空想などを論じた。H.エーによれば空想は創造的,生産的で知覚の客観的現実性を意識的に離れた主観的な意識の構成形態であるという。
執筆者:浅井 昌弘
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…ファンタジーの訳語で,作曲者が伝統的な形式にとらわれず,幻想のおもむくままに自由に作曲した作品をさす。内容は,国,時代によって複雑かつ多様であるが,三つの主要なタイプに大別される。(1)16~17世紀には,対位法的書法によるリュートや鍵盤楽器,器楽合奏のための作品の名称として,フーガの前身をなすリチェルカーレとほぼ同義に用いられた。(2)幻想性,即興性を強調した幻想曲本来の姿に密着した作品で,J.S.バッハの《半音階的幻想曲とフーガ,ニ短調》,モーツァルトの《幻想曲,ニ短調》,ベートーベンの《幻想曲,作品77》,シューマンの《幻想小曲集,作品12》,リストの《パガニーニの〈鐘〉による華麗な大幻想曲》など。…
…ギリシア語のファンタシアphantasia(〈映像〉〈想像〉の意)に由来し,一般に幻想を意味するが,文学においては夢想的な物語全般に冠せられる名称。童話,妖精物語,メルヘンなどと呼ばれる従来の文学ジャンルに,深層意識やシンボリズムなど現代的な意義が付されたもので,魔術や妖精といった超自然の要素が実際に機能する世界を扱う。とくに1960年代以降,社会秩序や権威を支える認識基盤に対する反抗が世界的に盛りあがるにつれ,若い読者層に歓迎されだした。…
※「空想」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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