日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
エルゴステロール生合成阻害剤
えるごすてろーるせいごうせいそがいざい
殺菌剤を病原菌の標的との相互作用で分けたときの分類の一つ。菌類の細胞膜は、2種類の脂質(構成脂質と機能性脂質)により構成されている。エルゴステロールは、菌体内でコレステロールの一種であるラノステロールから多くの過程を経て合成される(生合成)重要な構成脂質である。このエルゴステロールの生合成を阻害する殺菌剤をエルゴステロール生合成阻害剤(EBI:Ergosterol Biosynthesis Inhibitor剤)と総称する。
EBI剤で処理された菌類は、エルゴステロールがつくられなくなるため、正常に菌糸の伸長ができず、菌糸の先端が異常に膨潤・変形した特徴的な形態を呈してその伸長が停止する。EBI剤はおもに、エルゴステロールの生合成経路でその阻害する部位が異なる2種に分けることができる。つまり、ラノステロールの14位に結合しているメチル基の除去に関与する酸化酵素であるシトクロム(チトクロム)P450の阻害剤(DMI:Demethyl Inhibitor剤)と、ラノステロールの7位の二重結合の転移反応と14位の二重結合の還元反応に関与する酵素の阻害剤(モルフォリン剤)である。
EBI剤は、糸状菌に対し優れた活性を発現するため、その誘導体は、医療用抗真菌剤、とくに、白癬菌(はくせんきん)の治療薬としても使用されている。
[田村廣人]
DMI剤
DMI剤の構造的特徴は、含窒素芳香族ヘテロ環骨格を保有することである。DMI剤は、その化学構造の特徴から、アゾール系殺菌剤ともよばれる。DMI剤は、ヘテロ環を構成している窒素原子がシトクロムP450の活性中心であるポルフィリン環のヘム鉄原子と配位結合することにより、シトクロムP450の活性を阻害し、殺菌活性を発現する。含窒素芳香族ヘテロ環骨格を有する殺菌剤には、5員環のイミダゾール誘導体とトリアゾール誘導体があり、6員環ではピリミジン誘導体が開発されている。5員環のイミダゾール誘導体としては、日本では、1986年(昭和61)に日本曹達(ソーダ)が開発したトリフミゾールが登録され、その後、プロクロラズやベフラゾエート等が開発されている。5員環のトリアゾール誘導体は、日本では、ドイツのバイエル社が開発したトリアジメホンが1983年に登録され、国内企業が開発したものも、1993年(平成5)にイプコナゾール(呉羽(くれは)化学工業。現、クレハ)が水稲用種子消毒剤として登録され、その後、イミベンコナゾール(北興(ほくこう)化学工業)が果樹・園芸用、そしてシメコナゾール(三共。現、三井化学アグロ)が芝用として登録され、そのほかにも多くの誘導体が開発・登録されている。6員環のピリミジン誘導体は、日本では、アメリカのイーライ・リリー社が開発したフェナリモルが登録され、その誘導体のトリアリモールが開発された。
DMI剤の特徴は、植物体内への浸透移行性が高いことであり、果樹、蔬菜(そさい)および花卉(かき)類の病害防除に広く使用されている。
[田村廣人]
モルフォリン剤
モルフォリン剤の構造的特徴は、6員環のモルフォリン骨格を保有することである。モルフォリン剤の阻害様式は、エルゴステロール生合成経路の7位の二重結合の転移反応と14位の二重結合の還元反応に関与する酵素の阻害であるが、その阻害機構は、DMI剤ほど詳細に判明していない。モルフォリン剤には、ドイツのBASF社よりトリデモルフが開発されているが、日本では登録されていない。そのほかにフェンプロピモルフやジメトモルフがあるが、ジメトモルフは、細胞壁の合成も阻害するとされている。
[田村廣人]