チトクロム(読み)ちとくろむ(英語表記)cytochrome

翻訳|cytochrome

日本大百科全書(ニッポニカ) 「チトクロム」の意味・わかりやすい解説

チトクロム
ちとくろむ
cytochrome

生体細胞内に存在するヘムタンパク質のうち、ヘモグロビンミオグロビンペルオキシダーゼカタラーゼを除くものの総称。シトクロムともいい、色素タンパク質に属する。1884年にマクマンC. A. MacMunn(1852―1911)は動物の筋肉中にヘミンに似た吸収帯をもつ赤い色素が存在することを発見し、ミオヘマチンまたはヒストヘマチンと命名した。その後、1925年にイギリスの生化学ケイリンは、この色素が好気性生物に広く存在して細胞呼吸に関与することを発見し、細胞色素という意味でチトクロムとよぶことを提案した。

 一般の動植物の細胞、細菌、カビ、酵母などに広く存在しており、初めは存在しないと考えられていた絶対嫌気性菌の一部のものにもみいだされている。普通、一つの細胞には数種のチトクロムがミトコンドリアその他の大型粒子に結合しており、それらが協力して細胞呼吸の中心的存在として働く。すなわち、チトクロムはヘム鉄のFe2+Fe3+の可逆的変換により、細胞内の酸化還元反応の中間電子伝達体として働く。還元型チトクロムは可視部に強い吸収帯をもつが、鉄ポルフィリンの構造やタンパク質との結合状態により異なる。これと関連して、吸収スペクトル酸化還元電位、鉄ポルフィリンとタンパク質との離れやすさ、機能などがそれぞれ異なってくる。おもなものとしては、チトクロムa、a3、b、b2、b5、b6、c、c1、d、p-450などがある。

 チトクロム類は、一般に細胞内の粒子に強く結合しており、温和な方法で溶液として取り出すことができないので、未変性のまま純粋な状態で取り出されているものは多くはない。単離・結晶化され、活性のあるものとしては、動物や酵母のチトクロムc、酵母のb2などがある。製法の例をあげると、動物のa(a3を含む)、bおよびcは、心筋を粥(かゆ)状にしたものをpH7.4で界面活性剤のコール酸ナトリウム(コール酸は胆汁酸の主要成分)により抽出し、硫安沈殿、イオン交換クロマトグラフィー、硫安塩析によって精製する。チトクロム類のなかでもチトクロムcは水に溶けやすく、比較的容易に抽出できるので、スウェーデンの生化学者テオレルらにより構造と機能について詳しく研究されている。ウマの心筋のチトクロムについてみると、分子量は1万3000で、1分子中にヘム1分子を含む。アミノ酸残基は111個で、リジン(18)、グリシン(14)、グルタミン(13)が多く、ヒスチジン3個、システイン2個をもつ。ヘムはヘモグロビンのヘムとよく似ているが、その結合様式は異なり、システインの硫黄(いおう)によりチオエーテル結合で強く結合している(チオエーテルはスルフィドともいう)。チトクロムcは、フラビン酵素からチトクロムc酸化酵素へ電子を伝達する機能をもつ、デヒドロゲナーゼによって還元される。酸化されるためにはチトクロムオキシダーゼが必要である。チトクロムbの機能はコハク酸酸化における中間電子伝達体として働くことである。デヒドロゲナーゼによって還元されるが、チトクロムcと違ってチトクロムオキシダーゼがなくても、分子状酸素によって酸化される。チトクロムaとa3は、チトクロムaa3複合体としてチトクロムcオキシダーゼ作用を示す。チトクロムdの機能は、亜硝酸塩還元活性をもつ。チトクロムp-450は、フラビンタンパク関与のモノオキシゲナーゼである。分子量の異なるものの存在が知られるが、約5万である。高等動物では肝臓と副腎(ふくじん)皮質に多く、肝臓では薬物代謝や胆汁酸生成、副腎皮質ではコレステロールからステロイドホルモンへの生合成に関与しており、臨床的にはきわめて重要である。

[飯島道子]

『David Keilin著、山中健生・奥貫一男訳『チトクロムと細胞呼吸――電子伝達系確立への道』上下(1987・学会出版センター)』『高分子学会バイオ・高分子研究会編『バイオ・高分子研究法1 遺伝子組換えを駆使した蛋白質デザイン』(1987・学会出版センター)』『勝部幸輝他編『タンパク質2 構造と機能編』(1988・東京化学同人)』『武森重樹・小南思郎著『チトクロムP-450』(1990・東京大学出版会)』『Lloyd L. Ingraham他著、松尾光芳訳『酸素の生化学――二原子酸素反応の機構』(1991・学会出版センター)』『向山光昭編『有機合成の最先端――反応の設計と制御』(1992・東京化学同人)』『山中健生著『呼吸酵素の生化学』(1993・共立出版)』『船江良彦他著『臨床麻酔学講座3』(1994・真興交易医書出版部)』『田辺行人監修、菅野暁他編『新しい配位子場の科学――物理学・化学・生物学の多電子論』(1998・講談社)』『化学工学会編『化学工学の進歩32 生体工学』(1998・槇書店)』『日本物理学会編『生体とエネルギーの物理――生命力のみなもと』(2000・裳華房)』『垣谷俊昭・三室守編『電子と生命――新しいバイオエナジェティックスの展開』(2000・共立出版)』『内海耕慥・井上正康監修『新ミトコンドリア学』(2001・共立出版)』


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「チトクロム」の意味・わかりやすい解説

チトクロム
cytochrome

生体色素蛋白質に属するヘム蛋白質(→ヘム)の一群。サイトクロム,シトクロムともいう。1924年,イギリスの生化学者デビッド・ケイリンが発見,チトクロムと名づけた。黄色から褐赤色まであり,いずれもヘムに組み込まれた鉄 Fe原子をもち,Fe2+⇔Fe3+ の可逆変換により,細胞内の酸化還元反応の中間電子伝達体(→水素伝達系)として働く。主として,ミトコンドリアの内膜,葉緑体のラメラ構造,マイクロソームの膜などの電子伝達系に存在し,チトクロムc,a,b,チトクロムオキシダーゼなど数十種類ある。細胞の膜構造と関連して存在するが,チトクロムcは水溶液として純品を精製することが容易で,物理化学的性質の研究や生物種間での比較が特に進んだ。

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