日本大百科全書(ニッポニカ) 「エルミタージュ幻想」の意味・わかりやすい解説
エルミタージュ幻想
えるみたーじゅげんそう
Русский ковчег/Russkii Kovcheg
2002年にアレクサンドル・ソクーロフが監督したロシア・ドイツ・日本合作映画。原題の『ロシアの方舟(はこぶね)』が暗示する通り、海に面した沼沢地に築かれたサンクト・ペテルブルグという都市にあり、世界遺産となっているエルミタージュ美術館は、まさに「方舟」といえるだろう。そこを舞台にし、四つの異なった時代をワンショット90分で撮りきった映画史上稀有(けう)の異色作。これを可能にしたのはデジタルハイビジョンビデオカメラと、大容量のハードディスクである。撮影は1回限りの撮り直しなしのぶっつけ本番であり、一切のカット割りも切り返しもない。そのため通常の映画とは異質な、その現場に立ち会っているような現実感と臨場感に満ちている。宮殿へ入ってくる貴族たちのなかで、カメラ(=監督)はフランス人侯爵キュステイーヌに注目してフォローし、侯爵とともにニコライ大帝やピョートル大帝、エカチェリーナ2世など、かつての宮殿の住人(=死者)たちと遭遇する。そのつど監督の声が画面外からコメントを入れる。大広間ではグリンカ作曲のマズルカに乗って貴族たちの大舞踏会が始まっている。舞踏会が終わるとカメラは廊下の窓越しに霧の立ちこめる海面を眺める。
[田中 陽]