オルジン=ナシチョーキン(その他表記)Ordin-Nashchokin, Afanasii Lavrent'evich

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

オルジン=ナシチョーキン
Ordin-Nashchokin, Afanasii Lavrent'evich

[生]1605頃.プスコフ
[没]1680. プスコフ,クルイペツ
ロシアの外交官,政治家。プスコフの小貴族の出身。モスクワ動乱時代に始ったスウェーデンおよびポーランドとの領土争いに一応の結末をつけ,近代的政策によってピョートル1世 (大帝) 時代の諸改革を準備した。 1650年プスコフの反乱を鎮圧して年若の皇帝アレクセイ1世の注目をひいた。 56年スウェーデンとの戦争で軍人,外交官として活躍,58年の講和条約リボニアを獲得。 67年アンドルーソボ条約で,スモレンスク,セーベル地方,ドニエプル川左岸のウクライナ右岸キエフを確保,動乱時代に失ったウクライナの再統合を果した。これらによって北方,南方での通商路は打開された。プスコフ市総督 (1665~66) のとき,都市行政を近代化し,商業ブルジョアジーの独占会社を組織して西ヨーロッパとの通商を保護,育成することに尽力。その先進的近代感覚のため保守的貴族の圧迫を受け,72年政界を退き,クルイペツの修道院に隠棲した。

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