ブルガリア中部、スタラ・プラニナ(バルカン)山脈の南麓(なんろく)のカルロボ盆地にある都市。プロブディフの北約50キロメートルに位置する。人口7万0284(2001)。15世紀後半に町の基礎がつくられた。16世紀には皮革産業が勃興(ぼっこう)したが、18世紀に入ると山間部での牧羊を背景に毛織物業、組紐(くみひも)産業や精錬業などの手工業が栄えた。組紐産業ではほかの地域に先駆けて機械化が推進され、ブルガリア最大の中心地となった。また、バラ栽培とバラ油の生産も行われた。このような経済的繁栄によって、教会から独立した世俗の学校、チターリシテ(読書室)や教会が整備されてブルガリア民族文化の拠点となり、19世紀後半の民族独立運動の活動家であるレフスキ、近代ブルガリア語の対訳辞書を編纂(へんさん)したボゴロフIvan Andreev Bogorov(1820―92)などを輩出した。バラ栽培とバラ油生産は、現在も重要な産業で、カルロボ盆地は東に隣接するカザンラク盆地と合わせて「バラの谷」とよばれている。19世紀の民族復興期の多くの建築物が保存されており、博物館や記念館として利用されている。
[寺島憲治]
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...