ギリシア=トルコ戦争(読み)ギリシア=トルコせんそう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ギリシア=トルコ戦争」の意味・わかりやすい解説

ギリシア=トルコ戦争
ギリシア=トルコせんそう
Greco-Turkish War

(1) クレタ島領有をめぐって 1897年に勃発した戦争。 96年ギリシアはクレタ島住民の反乱を援助するため軍隊を派遣したが,ヨーロッパ列強がクレタ島のギリシア併合に反対したため,97年4月初めから不正規軍をマケドニアへ進入させ,同月 17日に正規軍によるオスマン帝国攻撃という強行策に出た。しかしドイツ人軍事教官に指導されたオスマン帝国軍はただちに攻勢に転じ,そのためギリシアは5月 30日賠償条項を含んだ休戦協定を受諾せざるをえなかった。 (2) 第1次世界大戦の戦後処理をめぐって勃発した戦争 (1919~22) 。大戦末期に連合国側に立って参戦したギリシアは,敗戦トルコに対して領土割譲を要求,イギリス,フランス,アメリカ三大国の承認のもとに,1919年5月 15日イズミル (スミルナ) に軍隊を上陸させ,同年6月イズミルを発進,21年夏アナトリア地方に深く侵入,アンカラに迫った。しかしケマル・アタチュルクに率いられたトルコ軍はソビエト・ロシアと友好同盟を締結 (20.3.) して抗戦。サカリャ河畔の会戦 (21.8.23.~9.13.) でギリシア軍を撃破した。 21年9月のフランス=トルコ講和によって外交的にも孤立を深めたギリシアは,22年8~9月のトルコ軍の総攻撃の前に敗退,トルコからの全面的撤退を余儀なくされ,23年7月 24日講和を結んだ (→ローザンヌ条約 ) 。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ギリシア=トルコ戦争」の意味・わかりやすい解説

ギリシア・トルコ戦争
ぎりしあとるこせんそう

ギリシア・トルコ間に戦われた戦争(1919~1922)。第一次世界大戦に際し、ベニゼロスの指導下で戦勝国に列したギリシア軍は、ビザンティン帝国の復興をもくろむ念願の「大ギリシア主義」を達成すべく、パリ講和会議の議定中にイギリスの支持を受けて、1919年5月小アジアのトルコのイズミルに上陸、占領した。しかし、トルコ側には、第一次大戦の敗戦の混乱のなかから救国の士ケマル・アタチュルク(ケマル・パシャ)が現れ、トルコ国民党を率いて、セーブル条約によってギリシアに奪われた土地から敵軍を追放した(1922)。またスルタン制を廃し、ここにオスマン朝は滅んだ。トルコの勝利により、1922年11月から翌年7月のローザンヌ会議、同条約によってセーブル条約は廃された。

[豊田和二]

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