シスケイ(その他表記)Ciskei

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「シスケイ」の意味・わかりやすい解説

シスケイ
Ciskei

1994年まで南アフリカ共和国において共和国として存在した,おもにコーサ語を話す黒人の指定居住地域。バンツースタンホームランド)の一つ。別称コーサ・シスケイ。国際的に承認されることはなかった。南東インド洋に接し,北東部側に指の形のように伸びた南アフリカ領土が,コーサ族のもう一つのバンツースタンであるトランスケイと隔てていた。シスケイは「ケイ川のこちら側」を意味し,グレート・ケイ川の南側にあるこの地域の位置を表し,グレート・ケイ川の北側にあって「ケイ川の向こう側」を意味するトランスケイと対をなした。シスケイの南西側の境界はグレート・フィッシュ川。18世紀末ヨーロッパ系の農民が定住した土地へコーサ族がたびたび侵入するようになって戦争が繰り返され,シスケイは 19世紀末までにケープ植民地に統合された。1961年に南アフリカ共和国内の行政特別地区となり,10年後に立法評議会と行政評議会が設置された。1972年ズウェリシャを首都として自治権を有するバンツースタンに,1981年独立共和国となって,アパルトヘイト制度のもとで南アフリカの市民権を剥奪された何百万人ものコーサ語を話す黒人の公式な国の役割を果たした。1994年,南アフリカの憲法がアパルトヘイト制度を廃止し,新設された東ケープ州一部として南アフリカに再編入された。(→ベンダボプタツワナ

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世界大百科事典(旧版)内のシスケイの言及

【コーサ族】より

…南アフリカ共和国の南東部,トランスケイとシスケイに住む,人口約350万(1970)の大きな部族。ズールー族,ポンド族,スワジ族などとともに,言語的にはバントゥー語族のなかのヌグニ語グループに属する。…

【バントゥースタン】より

…南アフリカ共和国政府の分離発展政策によってつくられた南ア共和国内のアフリカ人自治地域。1913年の原住民土地法により,南ア連邦内のアフリカ人は全国土の9%に相当する原住民指定地(リザーブ)内に部族ごとに隔離され,次いで36年の原住民信託土地法によってその面積は13%まで拡大されることになったが,その実施は第2次世界大戦の勃発によって大幅に遅れた。50年代になってリザーブ内の土地に対する人口圧が高まり,その解決を目ざしてバントゥー地域社会経済開発委員会(通称トムリンソン委員会)が政府により任命され,その報告書が55年提出された。…

※「シスケイ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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