日本の公的年金制度の一つで、公務員を含む雇用労働者を対象とし、全国民共通の基礎年金に上乗せして支給される二階部分の報酬比例の年金制度。厚年(こうねん)と略称される。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
民間企業の労働者を対象とする最初の公的年金制度は、船員を対象に1939年(昭和14)に制定され、翌1940年に施行された船員保険法によるものであった。陸上労働者を対象とする最初の公的年金制度は、男子工場労働者を対象として1941年に制定され、翌1942年に施行された労働者年金保険法によるものである。同法は、1944年の改正により、適用対象が事務職員と女性にまで拡大され、名称も厚生年金保険法と改められた。厚生年金保険は、第二次世界大戦後しばらくの間、経済社会の混乱により機能停止していたが、1954年(昭和29)の全面改正により再建された。その後、高度経済成長期には先進国水準を目ざして給付改善が行われ、とくに1973年の改正では、年金額の算定基礎となる過去の報酬の再評価、物価スライド制の採用などが行われた。
その後1980年代に入ると、少子高齢化社会に対応した公的年金制度全体の公平化と安定化が要請されるようになった。1985年改正では全国民共通の基礎年金が導入され、これに伴って厚生年金保険は、共済年金とともに、基礎年金に上乗せして報酬比例の年金を支給する、二階部分の年金制度の役割を担うことになった。また、この改正以来、将来の負担増を緩和するための給付の抑制が改正の基調になっている。以下はその後の改正の主要事項である。
(1)1994年(平成6)改正 定額部分の支給開始年齢を60歳から65歳に段階的に引上げ(男性は2001年度から2013年度にかけて、女性は2006年度から2018年度にかけて)。育児休業期間中の保険料免除。
(2)1996年改正 日本鉄道共済組合(JR共済)、日本電信電話共済組合(NTT共済)、日本たばこ産業共済組合(JT共済)の年金を厚生年金へ統合。
(3)2000年(平成12)改正 報酬比例部分の支給開始年齢を60歳から65歳に段階的に引上げ(男性は2013年度から2025年度にかけて、女性は2018年度から2030年度にかけて)、報酬比例部分の年金水準の5%引下げ、65歳以後の年金額改定の物価スライドへの一本化。
(4)2001年改正 農林漁業団体職員共済組合の年金を厚生年金へ統合。
(5)2004年改正 最終保険料を固定したうえで給付水準を自動調整するマクロ経済スライド方式の導入、離婚時の年金分割の導入。
(6)2012年改正 短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大、産休期間中の保険料免除、公務員等に厚生年金の適用を拡大する被用者年金一元化。
(7)2016年改正 短時間労働者に対する被用者保険の適用拡大、年金額改定ルールの見直しなど。
(8)2020年(令和2)改正 短時間労働者等に対する被用者保険の適用拡大、在職中の年金受給のあり方の見直し、受給開始時期の選択肢の拡大など。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
厚生年金保険は、一定の要件に該当する事業所・船舶を適用事業所とし、そこに使用される70歳未満の者を被保険者としている。強制適用事業所は、常時5人以上の従業員を使用する事業所・船舶、および常時従業員を使用する法人の事業所である。5人未満の個人事業所と、5人以上であってもサービス業の一部や農業・漁業などの個人事業所は、強制適用の扱いを受けないが、事業主が従業員の2分の1以上の同意を得て、任意適用事業所となることができる。ただし、5人以上の個人事業所のうち法律・会計事業を取り扱う士業については、2022年10月から強制適用事業所とされている。また、短時間労働者の適用については、近年、被用者保険の適用拡大が進められており、(1)2016年10月から、501人以上の企業で、1週間の所定労働時間が20時間以上、月収8万8000円以上等の要件を満たす短時間労働者に適用拡大、(2)2017年4月から、従業員500人以下の企業で、労使の合意に基づき、企業単位で、短時間労働者への適用を可能とする(国・地方公共団体は、規模にかかわらず適用)、(3)2022年10月から、従業員101人以上の企業に適用拡大され、2024年10月から51人以上の企業にも適用拡大される。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
厚生年金保険の給付は、老齢厚生年金、障害厚生年金・障害手当金、遺族厚生年金の3種類である。これらの給付は、基礎年金の支給要件を満たした場合に、原則として基礎年金に上乗せする形で支給されるが、経過的に65歳前に支給される特別支給の老齢厚生年金、3級の障害厚生年金、障害手当金、子のない配偶者・父母・祖父母・孫に対する遺族厚生年金は、基礎年金とは別に支給される厚生年金保険のみの独自給付である。支給額は、基礎年金が定額であるのに対して、厚生年金の給付は被保険者期間と在職中の報酬に応じて支給される。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
老齢厚生年金は、厚生年金の被保険者期間を有する者で、老齢基礎年金の資格期間を満たした者に支給される。支給開始年齢は65歳であるが、経過措置として65歳前に特別支給の老齢厚生年金(定額部分+報酬比例部分)が支給される。経過措置の対象になるのは、定額部分は1949年(昭和24)4月1日以前生まれ、報酬比例部分は1959年4月1日以前生まれの者である(女性は5年遅れ)。また、支給開始年齢については、60歳から65歳未満での繰上げ(減額)支給、66歳から75歳以下での繰下げ(増額)支給を選択することもできる。老齢厚生年金は、退職して被保険者資格を喪失した場合には全額が支給されるが、在職している場合には報酬と年金の合計額に応じて年金額の一部または全部が支給停止される。老齢厚生年金の年金額は「報酬比例部分+定額部分(65歳未満に限る)+加給年金額」である。報酬比例部分の年金額は「被保険者期間中の平均標準報酬額×乗率×被保険者期間の月数」である。平均標準報酬額は、被保険者期間中の賞与を含む報酬を現在の賃金水準に置き換えて算出する。定額部分の年金額は「単価×被保険者期間の月数」で、65歳以後の老齢基礎年金に相当するものである。加給年金額は、被保険者期間が20年以上または40歳(女性は35歳)以降15年~19年の被保険者期間がある受給権者に生計を維持されている要件を満たした配偶者と子がいる場合に、定額で支給される。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
障害厚生年金は、厚生年金の被保険者期間中に初診日のある傷病が原因で、障害基礎年金に該当する障害(1級・2級)が生じたときに、障害基礎年金に上乗せして支給される。また、障害基礎年金の障害等級に該当しない程度の障害であっても、厚生年金の障害等級に該当するときは、3級の障害厚生年金または一時金として障害手当金が支給される。障害厚生年金の年金額は、報酬比例の年金額(被保険者期間中の平均標準報酬額×乗率×被保険者期間の月数)を基本として、1級は2級の1.25倍、1級と2級は配偶者加給が加算される。障害手当金は報酬比例の年金額の2年分相当額である。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
遺族厚生年金は、厚生年金の被保険者が死亡したとき、老齢厚生年金の受給権者が死亡したときなどに、その者によって生計を維持していた遺族に支給される。遺族の範囲は、遺族基礎年金の支給対象となる遺族(子のある配偶者または子)、子のない配偶者(夫の条件については後述)、被保険者等が死亡したときに55歳以上である夫・父母・祖父母(いずれも60歳から支給)、孫である。この場合の子、孫とは、婚姻をしていない18歳到達年度の末日までの子および20歳未満であって障害の程度が1、2級の子である。遺族厚生年金が支給される遺族の順位は、(1)配偶者と子、(2)父母、(3)孫、(4)祖父母であり、先順位の者が受給権を取得すれば、その後に先順位の者が受給権を失っても、次順位の者には支給されない。遺族厚生年金の年金額は、報酬比例の年金額の4分の3を基本として、妻が受給権者の場合は、これに中高齢寡婦加算額または経過的寡婦加算額を加えた額である。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
厚生年金保険の給付に要する費用は、保険料と積立金(保険料の一部を充当したもの)の運用収入によってまかなわれる。保険料は、被保険者の標準報酬月額と標準賞与額に保険料率を乗じて被保険者と事業主が折半負担する。ただし、産前42日産後56日までの休業期間中および、子が3歳になるまでの育児休業期間中については、被保険者および事業主の保険料が、健康保険料とともに免除される。なお、標準報酬月額とは、労働の対価として支払われるすべての報酬(ただし、臨時に受けるもの、3か月を超える期間ごとに受ける賞与等を除く)を仮定的な報酬に置き換えて等級区分したもので、1級(下限)8万8000円~32級(上限)65万円となっている。標準賞与額についても1回の支給につき150万円の上限がある。保険料率は、2004年改正以降毎年0.354%ずつ引き上げられてきたが、2017年9月以降は18.3%で固定されている。
[山崎泰彦 2023年6月19日]
『日本社会保障法学会編『新・講座社会保障法1 これからの医療と年金』(2012・法律文化社)』▽『みずほ総合研究所編著『図解 年金のしくみ』第6版(2015・東洋経済新報社)』▽『吉原健二・畑満著『日本公的年金制度史――戦後七〇年・皆年金半世紀』(2016・中央法規出版)』▽『坪野剛司監修、年金綜合研究所編『年金制度の展望』(2017・東洋経済新報社)』▽『田村正之著『人生100年時代の年金戦略』(2018・日本経済新聞出版社)』▽『『年金制度機能強化法の改正点の解説』(2020・社会保険研究所)』▽『日本年金学会編『人生100年時代の年金制度――歴史的考察と改革への視座』(2021・法律文化社)』▽『堀勝洋著『年金保険法――基本理論と解釈・判例』第5版(2022・法律文化社)』▽『『厚生年金保険法総覧』各年版(社会保険研究所)』▽『『社会保険のてびき』『年金のてびき』各年版(社会保険研究所)』▽『厚生労働統計協会編・刊『保険と年金の動向』各年版』
被用者が老齢,障害,死亡により所得を喪失した場合,本人および家族の生活を保障するために主として年金給付を行う社会保険である。
1942年実施の労働者年金保険に始まり,44年に一般事務職,女子も対象に加えて,厚生年金保険の名称に改められた。戦時体制下に制定されたこの年金制度には,生産力の拡充のための労働力の増強確保と強制貯蓄的な機能が期待されていた。第2次大戦後は激しいインフレのために一時は存在の意義も疑われたが,54年の抜本的な改正によって一応の体制を整え,新しい厚生年金保険として再出発することとなった。この改正は当時の西ドイツの制度を参考とし,年金額は定額と報酬比例の組合せ(改正前は報酬比例のみ)とした。支給年齢は,従前は男女とも55歳であったが,男子は60歳に引き上げられた。61年には国民年金の創設に伴い,別種の公的年金制度間を移動した者に対して,各制度における加入期間を通算して年金を支給する通算年金制度が設けられ,厚生年金でも短期の加入者にも通算老齢年金が支給されることとなった。
65年には給付の引上げによっていわゆる〈1万円年金〉が実現し,66年からは企業年金によって,厚生年金のうち老齢年金の報酬比例部分の代行ができる厚生年金基金(調整年金)の制度が生まれた。以後,年金額は数次の改正で大幅に引き上げられるとともに,73年の改正では過去の報酬記録の読みかえと年金額の物価スライド制が導入された。
1985年の改正(施行は1986年4月)で,年金制度の仕組みは根本的に改まった。従来は,厚生年金,共済年金,国民年金と,職業により加入する制度が別で,それぞれ年金額も保険料も支給年齢も違っていた。新制度は2階建てで,1階部分は従来の厚生年金の定額部分と国民年金が合体して,新しい国民年金(基礎年金)として全居住者に適用される。厚生年金は,報酬比例部分のみとなり,2階部分として基礎年金に上乗せされる。基礎年金は65歳支給なので,60歳から65歳までの間の年金(定額プラス報酬比例年金)は,厚生年金から支給される。共済年金も,厚生年金に準じた形に改まる。
公的年金への加入に関して,全員が,第1号被保険者(自営業,無業,学生で20歳から60歳まで),第2号被保険者(被用者),第3号被保険者(被用者の被扶養配偶者で20歳から60歳まで)に区分される。厚生年金,共済年金の加入者は2号で,従来と同様に報酬比例の保険料を労使折半で支払い,新しい国民年金(基礎年金)と厚生年金の両方を受給する。厚生年金の加入者の妻(専業主婦)は3号で,保険料の支払は不要だが,3号としての届出を,当初だけでなく,号の変わるつど(たとえば,夫の転職など)行わないと,適用もれで無年金のおそれがある。
給付は,全員が個人として国民年金(基礎年金)を65歳から受給し,被用者(2号)には,65歳からの報酬比例年金と,60歳から65歳の間の定額プラス報酬比例の年金が支給される。
厚生年金の女子の支給年齢は従来は55歳だったが,2000年までに段階的に男子と同じ60歳に引き上げられる。
もう一つの大きな改革は,給付水準の切下げである。高度成長期の大幅な年金額の引上げが行われたころは,定年退職する人の厚生年金への加入年数は25年から30年あたりがふつうだった。年数が経過して,40年加入者が年金を受給すると,金額は過大になる。一方では,5年ごとの改正で保険料率が上がるから,給料からの諸控除が増える。将来を予想すると,手取り額の比較では,老齢者の年金が現役の給料を上回る事態も生じる。それでは不合理だし,将来の年金財政も維持できない。
そこで,年金の水準を段階的に20年かけて切り下げる。生年月日に応じて,支給率を徐々に小さくする。1985年当時でいうと,加入1年当りの給付は,報酬比例部分が報酬の1%だったものを,20年かけて0.75%にする。30年加入で平均報酬の30%だったものを,40年加入で同率にするわけである。定額部分は月額2400円(25年加入なら6万円)だったものを,1250円(40年加入で5万円)にし,20年後には国民年金の水準とそろえて,全員に共通な基礎年金とする。切下げではあるけれど,現役勤労者の収入とのバランスを考慮し,過大になった給付を適正な水準に改めた,と評価すべきであろう。
1994年の改正では,定額年金の支給年齢が,2001年から2013年の間に,段階的に65歳に引き上げられる(女子は5年遅れ)。それ以後は,60歳から65歳までの間は,報酬比例年金(厚生年金相当額)のみとなる。65歳からは基礎年金が支給され,この部分は本人の希望で60歳から繰上げ・減額年金で受給することもできる。加入年数が45年以上あるときは,65歳以前でも,定額年金を減額なしに受給できる。
1994年の改正時に示された将来のモデル年金額は,被用者の夫と専業主婦の妻の場合,妻が65歳で基礎年金を受給して以後の年金額は,23万0983円(夫と妻の基礎年金がそれぞれ6万5000円,夫の厚生年金が10万0983円)と示されている。ちなみに,同じ時点の現役男子の標準報酬月額の平均は34万円である。
1994年の改正で新しく導入された事項に,年金額のネット賃金スライドがある。従来の手法では,年金額は毎年,物価スライドで改定され,5年ごとの法改正のつど,5年間の賃金の上昇率に見合って引き上げられた。この賃金指数には,従来はグロス(諸控除前)の賃金を用いた。高齢化の進行で,年金や医療の保険料の負担が増える。グロスの賃金は3%増えても,ネット(手取り)の賃金の増は2%ということもある。年金の改定にグロスの賃金を用いると,現役の手取り給料の上昇率よりも高率の改定になる。そこで,現役の実収入とのバランスを考慮して,1994年改正ではネット賃金スライドとした。1992年のドイツの改正に伴ったものである。
1994年改正時の予測では,将来の高齢化のピーク時の保険料率は約30%となっていた。97年の新人口推計に基づく計算によると,2025年の保険料率は34.3%になる。財政再建が最大の命題になっている折でもあり,また企業はきびしい国際競争にさらされていることもあって,政治家や産業界からは,過重な負担にならぬよう,給付のいちだんの切りつめを求める声もある。
一方では,若干の経済成長で十分に負担は可能との見解もある。すでに過去30年間に,高齢者の数は3倍,比率は2.3倍に増えたが,老人も現役も,暮し向きは比較にならぬほど豊かになった。高度成長は無理でも,年率で1%から2%の成長で,高齢化の負担増はまかなえ,将来の世代は今より豊かになる,という計算も成り立つ。年金制度の将来は,国の経済全体の一環として考えていくべき問題であろう。
→国民年金 →年金
執筆者:村上 清
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出典 (株)アクティブアンドカンパニー人材マネジメント用語集について 情報
…船員保険は,船員という特定職域を対象としたものではあるが,失業を除く医療,年金,業務災害の3部門を備えた総合保険であった。一般職域の男子労働者を対象とする年金保険は41年労働者年金保険法として成立し,44年になって厚生年金保険と名称を改めるとともに適用範囲が拡大されて事務職員や女子を含むに至った。第2次大戦直後の47年になると失業保険と労働者災害補償保険が創設され,社会保険のすべての部門が出そろった。…
※「厚生年金保険」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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