ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ボプタツワナ」の意味・わかりやすい解説
ボプタツワナ
Bophuthatswana
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…同法の骨子は(1)アフリカ人の議会代表を廃止し,(2)アフリカ人地域を言語・文化に基づいて10地域に分け,(3)将来,各地域の自治・独立を許す,というものであった。同法に基づいて,63年12月最初のバントゥースタンとしてトランスカイTranskei自治政府が発足し,次いでクワズールーKwaZulu(72年3月),ボプタツワナBophuthatswana(同年5月),シスカイCiskei(同年7月),レボワLebowa(同年9月),ガザンクルGazankuluとベンダVenda(73年1月),バソト・クワクワBasotho Qwa Qwa(74年10月),カングワネKaNgwane(77年9月)が自治国(バントゥースタン)となった。ただクワヌデベレKwaNdebeleは1951年に制定されたバントゥー統治機構法の下に置かれた。…
※「ボプタツワナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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