スキピオ・アフリカヌス(その他表記)Scipio Africanus, Publius Cornelius

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「スキピオ・アフリカヌス」の意味・わかりやすい解説

スキピオ・アフリカヌス
Scipio Africanus, Publius Cornelius

[生]前236. ローマ
[没]前184.3. カンパニア,リテルヌム
古代ローマの政治家,軍人,大スキピオとも呼ばれる。第2次ポエニ戦争のときの名将。若くして父を助けて軍才を発揮。しばしばユピテル神殿に詣でたので,神の加護があると人々から信じられ,また神の子とすら噂された。前 210年官職についていないにもかかわらず,民会からプロコンスルインペリウム (命令権) を与えられ,ヒスパニアのローマ軍を指揮してカルタゴの根拠地カルタゴ・ノウァ (現カルタヘナ) を攻略,前 206年までにヒスパニア全土を手中に収めた。さらに元老院の反対を押し切り,北イタリアのハンニバルをしり目に直接アフリカに侵入し,カルタゴを攻略,前 202年ザマの戦いで救援に駆けつけたハンニバルを破って第2次ポエニ戦争を終結させ,アフリカヌスの別名を得た。前 199年戸口総監 (ケンソル ) に選出され,また元老院議員首席 (プリンケプス ) として国政を指導。親ギリシア政策を熱烈に支持したが,晩年カトー (大)に率いられた保守派の反撃を受け,カンパニアに引退。質素な田園生活を送り,失意のうちに病没した。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む