ステファヌス・ヨハネス・P.クリューガー(その他表記)Stephanus Johannes Paulus Krüger

20世紀西洋人名事典 の解説

ステファヌス・ヨハネス・P. クリューガー
Stephanus Johannes Paulus Krüger


1825 - 1904
南アフリカ(トランスバール共和国)の政治家。
元・トランスバール大統領。
ケープ植民地ザウトパンスドリフト生まれ。
農民の子として生まれ、グレートトレック(内陸大移動)の時両親と共に、トランスバールへ行き定住する。1863年共和国軍最高司令官となり、1877年イギリスが行った共和国併合に反対し、2回使節となり、渡英するが、交渉決裂。第一次ブーア戦争の際、’83年トランスバール共和国大統領に選出される。’86年同国内で金の富鉱が発見されるとイギリスが再び併合を企て、第二次ブーア戦争となる。ブーアの中心となって戦うが破れ、1900年フランスに亡命。’04年スイスで客死。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む