ナブラチロワ(英語表記)Navratilova, Martina

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ナブラチロワ」の意味・わかりやすい解説

ナブラチロワ
Navratilova, Martina

[生]1956.10.18. プラハ
チェコスロバキア出身のアメリカ合衆国テニス選手。左きき。8歳でテニストーナメント出場。1972~75年チェコスロバキアで 1位にランクされていた。1975年にアメリカに亡命,1981年にアメリカの市民権を取得した。1978年世界四大大会の一つ,ウィンブルドン選手権大会女子シングルスで初優勝,翌 1979年に 2連覇を果たしてトッププレーヤーの仲間入りをした。1982年にウィンブルドン選手権全仏オープンの女子シングルスで優勝。翌 1983年には全米オープンテニス選手権大会,ウィンブルドン選手権,全豪オープンの女子シングルスでそれぞれ優勝した。1983年のウィンブルドン選手権優勝を皮切りに,四大大会で 6連勝を達成。1990年までに全仏オープン 2回,全豪オープン 3回,全米オープン 4回,ウィンブルドン選手権では前人未到の 9回(1982~87 6連覇)優勝の記録を残した。1994年シングルスの第一線から引退したものの,2000年にはプロ選手としてダブルスに復帰し,2006年に引退。四大大会での成績は,シングルス 18勝,ダブルス 31勝,混合ダブルス 10勝。2000年国際テニス殿堂入り。同性愛者の権利獲得などの社会運動にも積極的に携わっている。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

百科事典マイペディア 「ナブラチロワ」の意味・わかりやすい解説

ナブラチロワ

テニス選手。チェコスロバキア,ジェブニツェ生れ。父親の指導によりテニスを始める。18歳のとき米国に亡命。その後,徹底的な食生活の管理とマシン・トレーニングにより長期にわたってトッププレーヤーの座を維持。1978年ウィンブルドン・テニス大会(全英オープン)で初優勝。1983年の全英,全米,全豪の優勝に続き,1984年の全仏優勝により,同一年度ではないが,グランドスラムを達成。同年,全英および全米6連覇を果たす。1988年ランキング1位の座をグラフに明け渡したものの,女子スポーツ選手として史上初の生涯獲得金額1623万ドルを突破。1990年には再び全英で優勝した。

出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android