改訂新版 世界大百科事典 「ハインリヒ7世」の意味・わかりやすい解説
ハインリヒ[7世]
Heinrich Ⅶ
生没年:1275ころ-1313
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…オットー4世がフランス王にブービーヌで大敗した(1214)のち,アーヘンで再び王冠を戴き単独支配を確立。20年聖界諸侯への特権授与とひきかえに,長子ハインリヒ7世Heinrich VIIを国王に選出せしめ,みずからはイタリアに帰って皇帝となる。25年第2の妃イザベッラとの結婚を通じてエルサレム王国を取得,29年にはエジプトのアイユーブ朝スルタン,カーミルとの外交協約により同地への支配権を実現する。…
…シュタウフェン朝最後の神聖ローマ皇帝(在位1220‐50),シチリア王(在位1197‐1250)。ハインリヒ6世とシチリア王女コンスタンツェ(ノルマン朝シチリア王ルッジェーロ2世の息女)の間にパレルモに生まれる。1196年ハインリヒ6世はこの幼児をドイツ国王に選ばせたが,翌97年同帝の予測せぬ死により情勢は激変,ドイツにはウェルフェン家のオットー4世とハインリヒ6世の弟フィリップ(シュタウフェン家)の二重王権の対立状態が現出する。…
※「ハインリヒ7世」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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