現代外国人名録2016 「パク・チソン」の解説
パク・チソン
朴 智星
Park Ji-sung
- 職業・肩書
- 元サッカー選手
- 国籍
- 韓国
- 生年月日
- 1981年2月25日
- 出身地
- ソウル
- 学歴
- 明知大学
- 経歴
- サッカーの強豪・水原工高に入学した当初は身長170センチにも満たず、卒業時にはKリーグからの誘いもなく、明知大に進む。1999年韓国U-22代表、2000年U-23代表。同年大学生ながら韓国代表入りし、イラン遠征で代表初ゴール。同年6月大学を休学して、韓国で最年少の海外移籍選手としてJリーグの京都パープルサンガ(現・京都サンガ)に入団。2001年韓国代表監督に就任したオランダ人のフース・ヒディンクの下で頭角を現し、2002年W杯日韓共催大会では、強豪ポルトガル戦で決めた決勝点がW杯本大会での韓国人最年少ゴールとなり、韓国のベスト4に貢献。2003年京都の天皇杯初優勝に貢献。同年ヒディンク監督の推薦でオランダのPSVに移籍。2004〜2005年シーズンは国内2冠と欧州チャンピオンズリーグ(欧州CL)準決勝進出に貢献。2005年オランダでの活躍が認められてイングランド・プレミアリーグの名門マンチェスター・ユナイテッド(マンU)に移籍。プレミアリーグでプレーする初めての韓国人選手となった。2006年W杯ドイツ大会は1次リーグで敗退。2008年10月より韓国代表の主将を務める。2007〜2008年シーズンは怪我に苦しんだが、2008〜2009年シーズンはマンUの主力として活躍し、リーグ3連覇に貢献。2010年W杯南アフリカ大会に出場し、W杯3大会連続得点を挙げた(グループリーグ敗退)。2011年1月アジア杯準決勝対日本戦で代表通算100キャップ目を最後に代表引退。2010〜2011年シーズン、自身4度目のリーグ優勝を果たす。2012年7月クイーンズパーク(QPR)に移籍するも、2部降格の屈辱を味わった。2013〜2014年シーズン、古巣PSVにレンタル移籍。2014年膝の怪我により33歳で引退。アジア人として初めて欧州CL(2007〜2008年シーズン)とクラブW杯優勝(2008年)を経験。豊富な運動量と得点力を兼ね備え、主にMFで活躍。高いパスセンスでボランチやトップ下など中盤のどこでもこなし、“アジアのダイナモ”の異名を取った。現役時代は175センチ、72キロ。利き足は右。2014年7月元SBSアナウンサーのキム・ミンジと結婚。10月古巣マンUの国際大使に就任。日本語、英語に堪能。
出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報