改訂新版 世界大百科事典 「パション」の意味・わかりやすい解説
パション
pasyon
フィリピンで四旬節に詠唱されるイエス・キリストの受難詩。1行8音節の五行詩形式で書かれた長編の叙事詩。パション詠唱の慣習は18世紀初頭にさかのぼるが,現在詠唱されているパションは1814年にピラピルMariano Pilapil神父によって編集されたもので,ピラピル版パションと呼ばれる。この原文はタガログ語で,のちにフィリピン諸語に翻訳された。四旬節,なかでもとくに最後の聖週間に,7~8日間にわたってパションを詠唱するのはフィリピンだけだといわれる。加えてパションには,カトリシズムのフィリピン化をうかがわせる興味深い内容が多く含まれている。たとえば,キリストら登場人物が皆あたかもフィリピン人のごとく描出されていること,マリアの登場場面が多く,その部分は異常に長く叙述されていることなどである。パションにはイエスの受難の生涯のほか,その初めと終りの部分に,天地創造物語とこの世の終末に関する黙示録の世界が付け加えられていて,フィリピン人に一つの完結したキリスト教的宇宙観を教え込むうえで大きな影響力があったとみられている。四旬節に人々がうち集ってパションを詠唱する行為をパバサpabasaといい,これは教会や町の広場に設けられた祭壇,小礼拝所,個人の家などで行われる。パバサほど盛んではないが,パションは舞台で劇としても演ぜられ,これをシナクロsinakuloという。
執筆者:池端 雪浦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報