日本大百科全書(ニッポニカ) 「フォトクロミック色素」の意味・わかりやすい解説
フォトクロミック色素
ふぉとくろみっくしきそ
photochromic dye
光によって色が変化する機能をもつ色素。異なる吸収スペクトルをもつ二つの化学種AとBの間を可逆的に変化し、そのうち、少なくとも一方向の変化は光によって引き起こされる現象をフォトクロミズムといい、この現象を示す色素をフォトクロミック色素という。フォトクロミズムは、ホトクロミズム、フォトトロピー、光互変、または光可逆変色ともいう。
次の式において、Aは無色形(吸収極大波長λ(ラムダ)max(A)が紫外部)で、Bが着色形(λmax(B)が可視部)である(このように、λmax(A)<λmax(B)であることが多いが、逆の例もある)。
B→Aの変化は、暗所で熱的に起こることもあるし、A→Bとは異なる波長の光の照射で起こることもある。当初はA、Bともに単一化学種として定義されたが、広義には二つ以上の化学種からなる場合も含めて定義する。
フォトクロミック色素には、有機系の代表的な色素骨格として、スピロベンゾピラン(双極イオン形成)、アゾベンゼン(シス‐トランス異性化)、ジアリールエテンやフルギド(環状電子反応)などがある(括弧(かっこ)内は光化学反応のタイプ)。具体例を に示す。
現在、もっとも研究例の多いフォトクロミック色素はアリール基が複素芳香環のジアリールエテンである。その理由は、置換基や縮合環(いろいろな環式化合物において、二つまたはそれ以上の環が、2個またはそれ以上の原子を共有した構造をもつときの環。ナフタレンは二つの6員環が2個の炭素原子を共有した縮合環の例である)の導入によりすべての色の分子が得られること、常温では熱戻りのない無色形・着色形とも安定な分子が設計しやすいこと、溶液ばかりでなく結晶でも安定なフォトクロミズムを示すことなど数々の特徴を有する点にある。
フォトクロミック色素は、光で着色するサングラス(フォトクロミックスガラス)等として実用化されている。ヒトをはじめとする動物の目の中にあるレチナールは、シス‐トランス異性化に基づくフォトクロミック化合物である。このような分子レベルの光化学反応が視覚を生じさせる機構の一つのステップであることが解明されつつある。ジアリールエテンのような安定なフォトクロミック色素を用いると、単一分子フォトクロミズムが観測できる。このことを利用し、現状の100万倍もの記録容量を有する超高密度の光メモリー素子、光スイッチ素子など、さまざまな応用展開が期待されている。
[時田澄男]
『日本化学会編『季刊化学総説No.28 有機フォトクロミズムの化学』(1996・学会出版センター)』▽『Masahiro IrieChemical Reviews Vol. 100, Issue 5, pp. 1685~1716(2000, American Chemical Society)』▽『Masahiro IrieRapid and reversible shape changes of molecular crystals on photoirradiation(“Nature Vol. 446”, pp. 778~781, 2007, Macmillan Publishers, London)』