機能性色素(読み)きのうせいしきそ(英語表記)functional dye

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

機能性色素
きのうせいしきそ
functional dye

染料・顔料(がんりょう)の概念を超えた機能をもつ色素とその関連化合物。1970年代後半、日本の研究者によって提案された用語である。着色用途で用いられるものと、それ以外の用途で用いられるものがある。染料・顔料などの着色剤では、熱や光などに対する安定性(堅牢(けんろう)性)が重要であるとされてきた。機能性色素には、染料・顔料で欠点とされる変色や昇華性を積極的に利用して特異な機能を引き出すという観点、ならびに、染料・顔料では注目されなかった電気的性質などを複合的に利用するという観点がある。これらの応用分野のうち、おもなものをこの二つの観点で整理すると、以下のようになる。[時田澄男]

特異機能性色素

(1)リプログラフィー(印刷や複写) 水溶性色素(用途:インクジェット)、トナー用色素(帯電性色素ともいう。用途:電子写真用トナー)、感熱色素(用途:感熱紙)、熱転写色素(用途:溶融転写、昇華転写、ピクトロカラーシステム)、蛍光性色素のうち、不可視色素(用途:セキュリティー印刷)。
(2)高密度記録材料 光増感色素、写真用色素(用途:銀塩写真)、フォトレジスト(感光性樹脂ともいう。用途:光リソグラフィー)、近赤外線吸収色素(用途:追記型コンパクトディスク、DVD)、フォトクロミック色素(用途:書き換え型光ディスク)、フォトケミカルホールバーニング(用途:多重記録)。
(3)指示薬(インジケーター) 酸塩基指示薬(用途:中和滴定)、吸着指示薬(用途:沈殿滴定)、酸化還元指示薬、金属指示薬(用途:錯形成滴定)、蛍光指示薬(用途:トレーサー、DNAプローブ・GFPプローブなどの蛍光プローブ。GFPは緑色蛍光タンパク質green fluorescent proteinの略)、放射線感受性色素(用途:γ(ガンマ)線検出など)。
(4)色素レセプター イオン認識性レセプター、分子認識性レセプター、不斉(ふせい)認識性レセプター。
(5)ホログラム材料 光増感色素(用途:重クロム酸ゼラチンによるヘッドアップディスプレー、銀塩写真ホログラム)、フォトリフラクティブ材料(用途:裸眼立体テレビ、光演算)。
(6)クロミック色素 フォトクロミック、サーモクロミック、エレクトロクロミック(用途:記録材料)、ソルバトクロミック(用途:溶媒センサー)、ピエゾクロミック(用途:圧電素子)。[時田澄男]

複合機能性色素

(1)表示・撮像用色素 カラーフィルター(用途:液晶ディスプレー、デジタルカメラ撮像素子)、二色性色素(用途:ゲスト・ホスト液晶表示、偏光フィルム)。
(2)調光用色素 紫外線吸収色素(用途:劣化防止、日焼け止め)、近赤外線吸収色素(用途:サンシールド)、波長変換用色素(用途:農業用フィルム)、フォトクロミック色素(用途:サングラス)、サーモクロミック色素(用途:示温塗料)。
(3)エネルギー変換用色素 光電変換材料(用途:有機太陽電池、電子写真用OPC=有機光導電材料organic photoconductorの略)、光化学変換色素(用途:人工光合成、色素増感太陽電池、ケミルミネセンス=化学発光、バイオルミネセンス=生物発光、化学レーザー)、蛍光性色素(用途:エレクトロルミネセンス=EL、色素レーザー)、非線形光学材料(用途:波長変換素子、光スイッチ、光変調素子)、光熱変換色素(用途:レーザー熱転写)。
(4)光化学療法剤 光増感色素(用途:レーザー療法)、蛍光性色素(用途:レーザー光診断)。
 機能材料や機能性高分子などの用語と同様に、機能性色素における「機能」には、一定の定義があるわけではなく、前記のように多種多様のものが含まれる。同じ素材が異なる原理で用いられる場合もある。指示薬や写真素材などは古くから利用されているが、1980年代以降の発展も含めて分類に加えた。白黒写真やホログラムは色素とは一見無関係のようにもみえるが、どちらも光増感色素が重要な役割を演じている。
 機能性色素は、情報記録や情報表示という主としてエレクトロニクス関連の分野で不可欠の素材として発展してきた。DNAの塩基配列決定や、GFPによる生体機能の動的解析など、バイオ関係でも重要な働きを演じている。今後は、これらに加えて、光演算など、フォトニクス(光工学)分野での利用が期待される。
 1856年、初めての合成染料モーブがW・H・パーキンによって発見されて以来、目的にあった色素を設計するという分子設計の考え方が提案されてきた。O・N・ウィットの発色団と助色団の考え方などが有名である。1956年、パリサーRudolph Pariser(1923― )、パールRobert Ghormley Parr(1921― )およびJ・A・ポープルは、量子力学の理論に基づく電子吸収スペクトル(紫外可視吸収スペクトル)の計算方法を発表した。この方法は、PPP分子軌道法とよばれ、西本吉助(きちすけ)(1932―2013)や又賀昇(またがのぼる)(1927―2011)らによる改良が加えられて色素の分子設計にもっとも適した方法として活用されている。[時田澄男]
『時田澄男・松岡賢・古後義也・木原寛著『機能性色素の分子設計――PPP分子軌道法とその活用』(1989・丸善出版) ▽大河原信・松岡賢・平嶋恒亮・北尾悌次郎著『機能性色素』(1992・講談社) ▽時田澄男著「機能性色素」(亀岡弘・井上誠一編『有機工業化学――そのエッセンス』所収・1999・裳華房) ▽渡辺正編著、日本化学会編「計算化学」(『化学者のための基礎講座6 化学ラボガイド』所収・2001・朝倉書店) ▽時田澄男・染川賢一著「PPP分子軌道法」(『化学新シリーズ パソコンで考える量子化学の基礎 第2版』所収・2005・裳華房) ▽時田澄男監修『エレクトロニクス用機能性色素』(2005・シーエムシー出版) ▽時田澄男著「機能性色素」(杉森彰・時田澄男著『光化学――光反応から光機能性まで』所収・2012・裳華房) ▽Peter Gregory High-Technology Applications of Organic Colorants(1991, Plenum Press, New York)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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