知恵蔵 「ベネズエラ問題」の解説
ベネズエラ問題(2018)
ベネズエラの経済破綻は、石油依存という長年の構造的要因が大きいと指摘される。1958年の民政への移行後、穏健な民主政治が続き、国民生活も安定していたが、次第に政治腐敗がはびこるようになった。課題だった石油依存体制からの脱却も果たせず、政治・経済とも行き詰まる中、99年に急進左派のチャベスが大統領に就任。「21世紀の社会主義」を掲げるチャベス大統領は、国名をベネズエラ・ボリバル共和国に変更すると共に、貧困層を対象としたミシオンという社会政策を推進した。莫大(ばくだい)な石油収入による医療・教育の無償化で、環境衛生の改善、識字率の向上などを実現させたが、新たな産業を育成できず、石油依存の体質を更に高める結果となった。
外交では強硬な反米を掲げ、2004年にキューバと同盟を結成。周辺の中南米・カリブ海諸国も引き込み、計8カ国の米州ボリバル同盟(ALBA)へと発展させ、米国主導の自由貿易圏構想に対抗した。これに米国が猛反発し、国営石油会社PVDSAをターゲットにした経済制裁を発動。基幹産業が打撃を受ける中、カリスマ的な人気を持つチャベス大統領は更に対米姿勢を強めたが、13年にがんで死去。後任のマドゥロ大統領は生産部門の国営化を進めるなど、経済危機を乗り切ろうとしたが、原油価格の下落も重なり、事態を更に悪化させた。18年12月には物価上昇率・前年比約170万%という天文学的数字のハイパーインフレを記録。失業者の急増、食料・医薬品の不足、治安悪化などによって、15~18年末までに国民の約1割に当たる300万人余りが国外に脱出したと伝えられる。
(大迫秀樹 フリー編集者/2019年)
出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報