ボロト・テムル(読み)ボロト・テムル(その他表記)Bolod Temür

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ボロト・テムル」の意味・わかりやすい解説

ボロト・テムル(孛羅帖木児)
ボロト・テムル
Bolod Temür

[生]?
[没]至正25(1365)
中国,元末の反乱軍討伐に活躍したタシ・バトル (答失八都魯) の子。至正 18 (1358) 年父の死後その軍を率いて,翌年大同に根拠を移し,上都,遼陽方面の紅巾軍を平定。河南のチャガン・テムル (察罕帖木児)と並ぶ元軍の支柱となったが,チャガン・テムルと激しく対立し,その没後は子のココ・テムル (拡廓帖木児)と争い,同 24年中書右丞相となり,政権を掌握した。しかしかねて対立していた皇太子とココ・テムルの一派に反撃され,まもなく部下に殺された。

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