マルチチャンネルオーディオ(読み)まるちちゃんねるおーでぃお(その他表記)multichannel audio

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

マルチチャンネルオーディオ
まるちちゃんねるおーでぃお
multichannel audio

一つの音響信号について3系統以上の伝送・再生系をもつオーディオ方式およびこれを用いたシステム。多チャンネルオーディオともいう。一つの電波を使って複数のチャンネルを送信するマルチチャンネル放送との混同を避ける意味合いもあり、サラウンドサウンドあるいはサラウンド音声とよぶことも多い(サラウンドsurroundは「取り囲む」の意味)。

 われわれは左右両耳で聴くことによって、空間に分布した音源の方向定位を行ったり、立体的に音を感覚したりすることができる。モノホニック(モノ)再生は、伝送・再生系が1系統しかないので、立体的に音を感覚することがむずかしく、臨場感に欠ける欠点があった。マルチチャンネル化することで、臨場感あふれる音の再生ができることは古くから指摘されており、さまざまな試みが行われてきた。

 1931年にアメリカのベル研究所は3チャンネルの再生実験を行い、立体音の研究成果を出した。1940年、ウォルト・ディズニーはアニメーション映画『ファンタジア』で、ファンタサウンドと称する8チャンネル音声を用いた。8チャンネル音声は映像フィルムとは別の音声専用フィルムに光学的に記録し、レオポルド・ストコフスキー指揮のフィラデルフィア管弦楽団の音楽がマルチチャンネルサウンドで生き生きと再現された。

 オーディオの分野では、ステレオが普及するにつれて、優れた臨場感を求める機運が高まり、日本では1972年(昭和47)ごろ4チャンネルステレオレコードが商用化された。レコードの音溝(おとみぞ)に4チャンネルの信号成分を独立に録音するディスクリート方式と、4チャンネル信号成分をマトリックス回路で処理して2チャンネル化して録音し、再生時に逆マトリックス回路で4チャンネルに戻すマトリックス方式が提案された。発売とともに4チャンネルステレオ市場は活況を呈したが、前記の2分類だけでなく、マトリックス方式にさまざまな仕様があり、規格統一もなく混乱した状況でレコードが発売されたため、消費者からとまどいと不信を買い、2年という短い期間で市場から消滅してしまった。

 レコードでは成功しなかったマトリックス方式であるが、映画ではマトリックスの一方式であるドルビーステレオが本格的に適用された。当時のアナログ録音では2本のサウンドトラックしか使えなかったが、これにマトリックス方式でマルチチャンネルの音を収め、再生時に元のマルチチャンネルに戻したドルビーステレオ方式を映画館での上映に使った。この方式を使った最初の映画は『スター・ウォーズ』で、興行的に大成功を収めた。この成功によって、ドルビーステレオは後年デジタル録音が出現するまで映画音響の標準的役割を果たした。

 ドルビーステレオを家庭向けとしたドルビーサラウンドのビデオテープやビデオディスクも市販された。

 マルチチャンネルサウンドが本領を発揮するのはデジタル技術の時代になってからである。1992年にドルビーデジタル方式による『バットマン・リターンズ』が公開され、1993年にはDTS(Digital Theater System)方式による『ジュラシック・パーク』が公開されて、マルチチャンネルサウンドが一挙に普及することになる。デジタルではマルチチャンネルサウンドを効率よく圧縮してそのままディスクリート(独立)に録音できるため、チャンネル間の分離がよく、音質と臨場感に優れている。

 DVDやBD(ブルーレイディスク)など家庭用のシステムにもデジタル方式のマルチチャンネルサウンドは広く適用されている。放送番組でも映画、ライブ・コンサート、スポーツなど広い分野でマルチチャンネルサウンドを使うものが増えている。

 一方、映像を伴わないピュアオーディオでは、高規格メディアのSACD(スーパーオーディオコンパクトディスク)やDVDオーディオにマルチチャンネル録音したものがある。これを歓迎・支持する意見が多い反面、オーディオは2チャンネルステレオが最適でサラウンドは不要だとする意見もあり、映像つきの場合のように無条件でマルチチャンネルサウンドが受け入れられてはいない。音楽鑑賞における感性が一義的ではない証(あかし)である。

 マルチチャンネルにおけるチャンネル数は、「5.1チャンネル」「7.1チャンネル」などと書かれる。「5」や「7」は再生用に用いるメインスピーカーのチャンネル数を、「0.1」は超低音を補強するために用いる狭帯域スピーカー(サブウーファーという)のチャンネルを表す。帯域が狭いため、0.1にカウントされる。

 基本的な5.1マルチチャンネル再生におけるスピーカー配置については、ITU(国際電気通信連合)が勧告した方法がある。リスナーを中心とする水平面に円を想定し、円上正面から左右30度の位置に左右のスピーカーを置く。これは2チャンネルステレオと同様である。正面にセンタースピーカーを置く。これは俳優の声の再生などを受け持つ。左右100~120度の位置にサラウンドスピーカーを置く。これは側方や後方からの音および反射音などの再生を受け持つ。この配置を正確に実現することが困難なことも多いが、このような再生条件を想定して製作が行われていることを理解したうえで、状況に応じたスピーカー配置を行えばよい。「0.1チャンネル」の超低音は方向感覚が鈍くなるので、これを受け持つスピーカーの設置場所は問わない。

[吉川昭吉郎]


出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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