マトリックス回路(読み)まとりっくすかいろ(英語表記)matrix circuit

日本大百科全書(ニッポニカ) 「マトリックス回路」の意味・わかりやすい解説

マトリックス回路
まとりっくすかいろ
matrix circuit

アナログ方式において、伝送路で送信したり記録媒体に記録したりする場合の能力を向上させるために使われた信号処理回路一種。機能は、二つ以上の信号に適当な係数を掛けてから、和または差を求める回路である。音声ステレオ信号やテレビのカラー信号を送信する場合に、都合のよい信号に変換したり、受像機や受信機内で復調したりする場合に用いられる。FMステレオ放送の場合、マイクロホンカートリッジ出力信号は、左の音(L)と右の音(R)の二つであるが、これを放送するときには、モノホニック受信機では左右の音が混じって聞こえるため(L+R)の音をつくっている。またステレオ受信機では右と左の音を別々に得る必要があり、先の(L+R)のほかに(L-R)の信号をもつくり、これをそれぞれ主音声チャンネル、副音声チャンネルで伝送している。このL、Rの信号から(L+R),(L-R)の信号をつくるのがマトリックス回路である。また、ステレオ受信機の検波出力信号中に得られる二つの信号(L+R)と(L-R)からステレオ音声のL、Rを再現する回路もマトリックス回路である。カラーテレビ放送の場合、日本で採用していたNTSC方式では3色の信号、赤ER、緑EG、青EBをそのまま伝送せず、これらを適当な振幅で合成した三つの信号EY、EI、EQを送っていた。これは白黒テレビでも正しい白黒画像を示そうという配慮からなされたもので、このときにマトリックス回路が用いられた。カラー受像機におけるマトリックス回路は、二つの独立した色差信号(ER-EY、EB-EYのような差の信号のこと)を入力に加え、出力からER-EY、EB-EY、EG-EYの三つの差信号を取り出す方法がとられた。

 1970年代前半に開発が競われた4チャンネルステレオ方式は、左前、右前、左後、右後の音を録音・再生することで、左前と右前だけの2チャンネルステレオより優れた立体感を得ることをねらいとした。各種の方法が提案されたが、そのうち一つであるマトリックス方式は、4チャンネルで録音された音声信号をマトリックス回路を通して2チャンネルに変換し、2チャンネルの記録ができる媒体、たとえば45‐45方式ステレオレコードや2チャンネルテープレコーダーなどに記録し、再生時にふたたび4チャンネル信号に戻す方法が採用された。マトリックス方式もいくつかの方法に分けられたが、いずれもマトリックス回路を使って、4チャンネル録音→2チャンネル伝送・記録→4チャンネル再生という変換過程を行う点では原理的に同じである。

木村 敏・金木利之・吉川昭吉郎]


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