オーディオ信号をデジタル符号に変えて処理し、伝送、記録などを行う技術の総称。PCMオーディオともいう(PCM=パルス符号変調pulse code modulation)。
音は空気粒子の微小な振動と、これに伴う気圧の微小な変動が空気中を伝搬する現象で、粒子振動も圧力変動も時間に対して連続的に変化するのが普通である。このような音をマイクロホンで受けて電気信号に変えても、その波形はもとの音の波形と相似で、現象が時間に対して連続的に変化するという性質は変わらない。このような電気信号をそのままの形で伝送したり、記録したりする方法は、音の信号に相似な電気信号を扱うという意味でアナログオーディオとよばれ、今日まで広い分野で使われて多くの実績をあげている。たとえば、AM放送(AM=振幅変調amplitude modulation方式を使った放送)、FM放送(FM=周波数変調frequency modulation方式を使った放送)、ディスクレコード、テープレコードなどがある。
これに対して、連続的な電気信号を不連続な符号の列に変えて処理し、伝送したり、記録したりするのがデジタルオーディオである。デジタルオーディオの基本となるのはPCM技術である。PCMは、標本化、量子化および符号化の三つの過程を経て、連続的な信号を不連続な符号列に変換する。
標本化とは、時間とともに振幅が連続的に変化する信号波形を、標本化定理という)。代表的なデジタルオーディオシステムであるコンパクトディスク(CD)の場合、記録すべき信号の周波数上限を20キロヘルツとし、標本化周波数は多少のゆとりをもたせてその2倍を超える44.1キロヘルツとしている。とびとびといっても、1秒間に4万4100回もきめ細かに観測するのである。
に示すように一定の時間間隔でとびとびに観測し、観測値の列でもとの信号波形を置き換える操作をいう。とびとびの観測値を標本値とよび、1秒当りの観測回数を標本化周波数とよぶ。信号の波形を忠実になぞるのでなく、とびとびにしか観測しないので、このような操作では情報の欠け落ちが生じるように感じるが、標本化周波数を信号に含まれる周波数成分の上限の2倍以上にすれば、標本値列は信号に含まれている情報を欠け落ちなく保つことができ、これからもとの信号を完全に復原できることが理論的に証明されている(量子化とは、信号振幅の最小値から最大値までの範囲に、決められた間隔の刻みを設け、時々刻々連続的に変化する信号の振幅を、もっとも近い刻みの値で置き換える操作をいう。イメージとしては、 に示すようにスロープを階段に置き換えるようなものである。なめらかな波形がぎざぎざの階段状になるので、信号の劣化が起こると考えられるが、刻みの数を十分に大きくして、刻み幅(階段1段の高さ)を十分に小さなものにすれば、ぎざぎざの階段は限りなくスロープに近いものとなる。刻みの数をビット(数を二進数で表したときの桁(けた)の数)単位で表して、量子化ビット数とよぶ。CDの場合、量子化ビット数は16ビットで、これを十進数で表すと6万5536となる。スロープを階段に置き換えるといっても段数は6万以上もあり、限りなくスロープに近いものであることがわかる。
標本化および量子化の二つの操作によって、連続的な信号波形は時間的にも振幅的にも、とびとびの不連続な(離散的な)信号列に変換されることになる。なお、標本化と量子化の順序はどちらを先に行ってもよく、現実には両者を同時に行うことも多い。
符号化とは、量子化された標本値を所定の約束に基づく数値符号に変換する操作をいう。電圧(または電流)の「ある」「ない」を記号の「1」「0」に対応させる二進符号を基本とし、録音や放送などの媒体それぞれに適した符号変換が行われる。1982年(昭和57)に実用化されたCDでは、データサイズを小さくする圧縮操作をいっさい行わずに符号化されたが、1992年のミニディスク(MD)では圧縮方式が採用され、以後圧縮の採用が普通となった。現在、デジタルオーディオは、固体メモリー、インターネット配信など利用形態が進化し、利用範囲も広くなっているが、すべて高度の圧縮が採用され、媒体の利用効率を高めている。技術の向上によって、高度の圧縮を行っても聴感にはほとんど影響しないようになっている。
アナログ信号をデジタル信号に変換する操作をアナログ・デジタル変換(AD変換)とよび、デジタル信号をアナログ信号に戻す操作をデジタル・アナログ変換(DA変換)とよぶ。
デジタルオーディオは、下記のような多くの利点を有する。
(1)系の信号対雑音比は量子化ビット数で決まり、量子化ビット数が大きいほど雑音が少なくなる。アナログレコードの場合のように、録音媒体の状態によって雑音が増えるようなことはない。
(2)占有周波数帯域は広いが、記録密度はアナログオーディオのそれより大きくとることができる。
(3)ディスクの回転系やテープの走行系の機械精度の不足による楽音の周波数変動(ワウ・フラッター)を避けることができる。
(4)複製(コピー)を繰り返しても、データが劣化することはない。
(5)アナログオーディオではできない各種の機能を実現することができる。
(6)量産効果が大きく、同じ品質のアナログオーディオより低価格化が達成される。
日本のデジタルオーディオの実用例をあげると、1967年(昭和42)ごろ業務用テープレコーダーの研究開発が発足し、固定ヘッド式テープレコーダーおよび回転ヘッド式テープレコーダーの2形式が実用化された。民生用も視野に入れたものとして、1982年にCDが実用化され、ついで1986年にDAT(デジタルオーディオテープレコーダー)が発表された。CDより広い周波数帯域とダイナミックレンジを備え、いっそうの高音質を目ざしたSACD(スーパーオーディオCD)やDVDオーディオも実用化されている。
一方、放送分野は、サービス開始以来、長年にわたりアナログ方式による地上波電波で行われてきたが、地上波テレビジョン放送が2011年(平成23)7月に一部の地域を除いてデジタル化され、また当初はアナログ方式で行われたBS放送やCS放送もデジタル方式に移行した。放送でアナログ方式が健在なのは、AMラジオおよびFMラジオである。電話音声もデジタル化が進み、ISDNやIP電話などの形で急速に普及している。
[吉川昭吉郎]
『中島平太郎編『ディジタルオーディオ技術入門』(1979・オーム社)』▽『土井利忠・伊賀章著『ディジタル・オーディオ』(1982・ラジオ技術社)』▽『河合一著『デジタル・オーディオの基本と応用――アマチュアからプロまで、21世紀のデジタル・オーディオ技術を網羅』(2011・誠文堂新光社)』
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