改訂新版 世界大百科事典 「メッケル軟骨」の意味・わかりやすい解説
メッケル軟骨 (メッケルなんこつ)
Meckel's cartilage
脊椎動物の下あごにおいて,骨性骨格が形成される前に同じ場所に発生する左右1対の棒状の軟骨。これを発見したドイツの比較解剖学者メッケルJ.F.Meckel(1781-1833)にちなむ名称。軟骨魚類においては,上あごの骨格は〈口蓋方形軟骨〉,下あごの骨格は〈下顎(かがく)軟骨〉という左右相称のU字形の軟骨で,上下を合わせて〈顎弓〉と呼び,顎骨をもたない段階の祖先動物のえらの骨格(内臓弓)が変形したものと考えられている。他方,軟骨魚類以外の有顎脊椎動物の下あごの骨格は種により一定数の骨(哺乳類では各側1個)からできているが,その発生過程をみると,まず左右各1個の棒状の軟骨すなわちメッケル軟骨が現れ,その後端部がやがて骨化して〈関節骨〉になるほか,軟骨を経ずにできる皮骨性の骨がメッケル軟骨の周囲にいくつか現れて下顎骨格を形成する。初めに現れるメッケル軟骨は比較発生学的根拠から軟骨魚類の下顎軟骨と相同のものとみられ,そのためこれらは同義語として扱われることも多い。硬骨魚類,両生類,爬虫類では,この軟骨はふつう骨性の要素と共存して終生軟骨のまま残存する。カエル類ではこの軟骨の前端部が骨化し,下顎正中部で隣接する1対の〈メッケル骨〉(または,おとがいメッケル骨)となる一方,後端は関節骨として骨化することなく軟骨のままとどまる。したがってカエルでは下あごのほぼ全長にわたりメッケル軟骨が大きく残存することになる。鳥類ではメッケル軟骨は胚期に現れ,後端部が関節骨に骨化したのち退化消失する。また哺乳類では,後端が鼓膜に接する耳小骨であるつち骨(爬虫類の関節骨が転化したものとされる)の大部分として骨化したあと残部のほとんどは退化消失する。ヒトではメッケル軟骨は胎生6週で現れて24週まで存続し,つち骨のほか,下顎骨のおとがい部にやがて合体するおとがい小骨,蝶形骨棘(こつきよく),前つち骨靱帯および蝶下顎靱帯を形成したあと消失する。皮骨性の下顎骨(爬虫類の歯骨と相同のもの)はメッケル軟骨の外側に発生し,やがてこれだけが下顎骨格となる。メッケル軟骨は上あごの口蓋方形軟骨(哺乳類以外の四足動物ではその後部が骨化して方形骨になる。方形骨は哺乳類ではきぬた骨になる)と並んで,脊椎動物の頭部骨格の転化の歴史と相同関係を物語る重要な構造物である。
→顎
執筆者:田隅 本生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報