デジタル大辞泉 「顎」の意味・読み・例文・類語
あご【顎/×頤/×腭】
2 下あご。おとがい。「―がとがった顔」「―ひげ」
3 釣り針の先に逆向きにつけた返しのこと。あぐ。
4 食事または食事の費用。「―付き」
「玉を落としたり―を引かれたりして見ねえ勘定迄に商内を仕詰めにゃあいかねえわな」〈洒・部屋三味線〉
5 物言い。おしゃべり。
「『たはごとぬかすとひっぱたくぞ』『えらい―ぢゃな』」〈滑・膝栗毛・五〉
[類語]
翻訳|jaw
( 1 )人の顎をいうアゴは近世前期一七世紀ごろから文献に現われるが、それより少し前に成立した「かた言‐四」にはアゲが見える。古代から存在したアギからアゲが生じ、さらにこの時期にアゴに変化したものであろう。
( 2 )中世には、魚のえらを指すアゴ(本項①(ハ))があり、さらに中世末には鳥の蹴爪を表わすアゴエがアゴ(距)に変化していた。ことに後者は「あごをさす」(蹴爪を打ち込む、比喩的には他人の言うことに口をはさむの意)という顎を連想させる言い方が生まれていた。したがって、このようなアゴからの連想が顎のアゴを成立させる一因となった可能性が考えられる。→あぎ(腭)・あご(距)
動物の口の一部または周辺部を形づくり,餌や外敵などをかみ砕いたり,かみついたりするのに働くがんじょうな構造物が,一般にあごと呼ばれる。
無脊椎動物のあごは,一般に表皮から分泌されたクチクラ質が硬化して形成されたものである。頭足類には口腔内にくちばし状の顎歯(がくし)(俗にいうからすとんび)があり,背腹方向にかみ合わされる。輪虫類には咽頭内面に左右1対の歯列状のあごがある。多毛類にも咽頭内面に左右1対のとげ状のあごがあり,咽頭を反転させて口の外に突き出すことができる。ヤムシ類には口の両側に列生する多対の顎毛があり,強大で稚魚などを捕食することができる。甲殻類では付属肢の基部の突起である顎基が発達して形成された大あご,昆虫類・多足類では付属肢の肢節が融合して形成された大あごが1対あって,左右にかみ合わされる。ウニ類には,〈アリストテレスの提灯〉といわれる口器の中に歯骨を抱えた石灰質の顎骨が5個あり,放射状にかみ合わされる。
執筆者:原田 英司
脊椎動物では,あごとは口腔の上および下の領域を指し,上顎と下顎があるが,その範囲は明確でない。下顎は下顎骨を中核とし口を開閉するために上下に動く部分の全体である。上顎は口を閉じたとき下顎に対応し,口の天蓋(てんがい)をなす部分の全体だが,その境界ははっきりしない。
このような定義からいって,脊椎動物の最も原始的なグループである無顎類(古生代のカブトウオ類や現存のヤツメウナギの仲間)はあごというものを備えていない。したがって,他のものにかみつくことはできない。あごの起源については,太古の無顎類がもっていたえらの骨格(内臓弓)のうち前方の1対が口の骨格へ変化し,上下の顎骨になったと考えられている。あごをもつようになった初期の状態を今でも維持しているのが軟骨魚類(サメ,エイなど)である。軟骨魚類以上の脊椎動物はすべてあごを備えているため,無顎類に対して〈顎口類〉と総称される。
脊椎動物の頭部骨格は個体発生的にも系統発生的にもまず軟骨性のものとしてできてくるが,最も原型的な軟骨魚類では,上顎は口蓋方形軟骨,下顎は下顎軟骨という左右1対の骨格を中核とする単純な構造で,歯はこれらの軟骨に生えている。硬骨魚類以上の動物は個体発生の初めには軟骨魚類と同様の軟骨性の顎骨をもつが,やがて口蓋方形軟骨の後部が骨化して方形骨(方骨)という骨になり,そのほかに前顎骨,上顎骨,口蓋骨,翼状骨などの骨が二次的に発生して上顎の骨格を形成する。下顎では,下顎軟骨は後端だけ骨化して関節骨になるが他の部分は退縮していき,代りに歯骨,冠状骨など数種の骨が二次的に発生して結合しあい,下顎の骨格をつくる。はじめ軟骨として発生し,それが骨化してできる骨を軟骨性骨または置換骨といい,それとは異なって軟骨をへずに二次的に現れる骨は真皮中に直接形成されるので皮骨または膜骨という。硬骨魚類以上の脊椎動物の顎骨では一般に皮骨性の骨が大部分をしめるようになる。コイ類などに見られるように,進化した硬骨魚のあごでは多くの皮骨が互いにゆるくつながりあっている。上顎の前顎骨や下顎の歯骨は口を開くときに大幅に動くことができる。
両生類では,上顎・下顎の骨格はそれぞれ数個の骨から成りたつが,可動性はとぼしい。カエル類の上顎では最前部の前顎骨,下顎のオトガイメッケル骨だけが,鼻孔を閉じるときにわずかに動くようになっている。鼻孔は両生類ではじめて口腔へ貫通する。下顎では,軟骨魚類の下顎軟骨と相同であるメッケル軟骨が終生維持されて骨格の一部をなす。もと魚類のえらの骨格だった舌顎骨は耳に入って耳小柱という音を伝達する小骨になる。
爬虫類の顎骨の構成は基本的には両生類と同様だが,古生代後期から現れた高等な種類では下顎の歯骨が拡大した一方,その他の皮骨が退縮または消失する。両生類の耳小柱は高等爬虫類においてあぶみ骨となる。両生類から爬虫類・鳥類までは,口の天井つまり口蓋はそのまま頭蓋骨の天井で,鼻腔と口腔は同じものであるが,ワニや哺乳類に近づいた高等爬虫類では前顎骨・上顎骨・口蓋骨(ワニでは翼状骨も)が両側から張り出して1枚の二次口蓋をつくり,これが鼻腔と口腔を隔てるようになる。
鳥類のあごはくちばしである。現存の鳥類では歯が完全に失われ,あごの表面の皮膚は角質化して固い鞘になっている。上くちばしの骨格は前顎骨・上顎骨・鼻骨から,下くちばしは歯骨・上角骨・角骨・関節骨から成り爬虫類の上下顎とほぼ同様だが,成熟後は互いに融合して完全に一体化する。ただし,オウム類などでは上くちばしの付け根の鼻骨と脳頭蓋前部の前頭骨の間にちょうつがい関節があり,下くちばしを下げると同時に上くちばしが持ちあげられる仕組みになっている。
哺乳類になると上顎では二次口蓋が完成し,歯は前顎骨(切歯骨,間顎骨ともいう)と上顎骨だけに生える。また,もと上顎の骨格だった方形骨が中耳に転位してきぬた骨になり,もと下顎の後端にあった関節骨も中耳に入ってつち骨になる。ここに哺乳類の特徴である3個の耳小骨が完成する。さらに下顎の角骨は頭蓋底に移って中耳を覆う鼓骨になる。こうして下顎の骨格は歯骨だけとなり,これら以外のもとの下顎構成骨は退化消失した。メッケル軟骨は胎児期だけに現れ,その後端(爬虫類の関節骨)がつち骨になり他の一部が靱帯(じんたい)などになるほかは消失する。下顎を上顎に結びつけるこめかみの関節つまり顎関節は,爬虫類・鳥類までは上の方形骨と下の関節骨の間にあるが,哺乳類では鱗状骨(哺乳類では側頭骨という)と歯骨の間に形成される。哺乳類とりわけヒトについては,鼓骨と合体した鱗状骨のことを〈側頭骨〉,下顎骨格の全体をなすようになった歯骨のことを新たに〈下顎骨〉と呼ぶことになっている。大多数の哺乳類では下顎骨は左右1対あって正中部で関節し,左右が多少とも動くようになっているが,霊長類,ゾウ類,偶蹄類の中のイノシシ,ブタなどでは発生過程で左右が融合して一体となる。
執筆者:田隅 本生
ヒトの場合,あごの範囲ははっきりしないが,前は鼻の下と〈おとがい〉から,後ろは耳の穴の前のあたりまでである。上顎と下顎の中には上顎骨と下顎骨があって支柱をなしている。これらの骨には歯が植わっている。下顎骨は顎関節jaw jointという関節によって頭蓋骨に結びつけられて,上顎に対して運動する。あごの運動は,食物を食べる,物をくわえたりかんだりする,言葉を話したり歌をうたったりするのに必要で,その障害は日常生活に重大な支障をひきおこす。あごの病気のおもなものには,顎骨骨折,上顎癌,小下顎症(鳥顔)などがある。
下顎骨の後上方へ伸びる突起(関節突起)の先端部は下顎小頭と呼ばれてまるくなっており,この部分が側頭骨のくぼみ(側頭窩(そくとうか))にはまりこんで顎関節が形成される。ただし,前後方向の断面図が示すように,両骨のあいだに緻密(ちみつ)な結合組織でできた関節円板があって,関節腔を上下に二分している。上部の関節面は平面に近いので,ここで主として前後の水平運動が行われる。他方,下部の関節面は円筒状をなすので,ここで主として回転運動(あごの開閉運動)が行われる。顎関節の運動は,各動物の食性によっていちじるしく異なっており,食肉類では上下の開閉運動,草食類では左右の水平運動,雑食性の動物(ヒトもその典型)ではその混合運動,齧歯(げつし)類では主として前後の水平運動を行う。したがって関節面の形もそれぞれ特有の形を示す。
下顎頭が側頭骨の下顎窩から脱出して関節結節を越える前方脱臼と,下顎頭が外耳道前壁の骨折を伴って後退する後方脱臼とがある。一般に前方脱臼が多く,これが俗にいう〈あごが外れる〉状態である。原因は,外力,絶叫,あくび,歯科治療など過度の開口や長時間の開口のときに起こる。自分で整復できるものを不全脱臼といい,老人などで関節包や関節靱帯の伸展・弛緩や筋の無力化,または関節結節,下顎頭や下顎窩の異常な扁平化などのため脱臼しやすくなった状態を習慣性脱臼という。片側だけが脱臼すると,下顎は反対側へかたより,開咬(かいこう)および交叉(こうさ)咬合となって,ばね様固定を示し,閉口不能となる。顎関節部に痛みや不快感,緊縛感があり,よだれが出たり,嚥下困難や発音障害がある。脱臼後は早く整復する必要がある。
下顎の正中部,下唇の下に,横走する溝をへだてて突出する部分である。英語でchinと呼ぶ部分であるが,日本語には〈おとがい〉といういささか古びた言葉しかなく,日常は〈あご〉や〈下あご〉で不正確ながらこの部分を指すことが多い。おとがいの内部には骨(下顎骨のおとがい三角trigonum mentaleという部)があり,表面は皮膚で包まれている。骨からは顔面筋の一つであるおとがい筋musculus mentalisが起こって皮膚についているため,この筋が収縮すると,あごの前面にモモの種のようなくぼみを生ずる。おとがいが前方に突出しているのは近代人類の特徴で,原人やサルでは下顎骨の歯槽部(歯を植えている部分)が舟底状に大きく突出しているために,おとがいの部分はその下にかくれた形で隆起をなさない。原人やサルでは,上顎骨もまた歯槽部を先頭にひさし状に前方に突出し,あごはきわめて強力な咀嚼(そしやく)器官(物をかみ砕く)と武器(敵にかみつく)をなしている。ヒトの進化とともに,食べ物は柔らかくなり,武器としてのあごの役も後退し,上顎と下顎は歯槽部を中心に後退し,その結果おとがいが隆起してとり残された。あごの退化によって,物をかむときに脳に達する衝撃が小さくなり,これはヒトの脳の発達のひとつの要因となった。このように,おとがいの存在はヒトの進化のあかしとみることができる。
執筆者:藤田 恒夫+塩田 重利
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