日本大百科全書(ニッポニカ) 「モスカト家の人びと」の意味・わかりやすい解説
モスカト家の人びと
もすかとけのひとびと
The Family Moskat
アメリカの作家I・B・シンガーがイディッシュ語日刊紙『フォワード』に連載した長編小説。英語版は1950年刊行。ロシア帝政下のポーランドの首都ワルシャワを舞台に、1910年から30年間にわたり、あるユダヤ人家族3世代の系譜を叙述する。裕福な大家族の家長、老齢のメシュラムが三度目の妻ロサを迎えたのち、実子や孫、義理の係累、友人などをめぐり、閉鎖的ユダヤ人社会のなかで展開される人間関係の葛藤(かっとう)を克明にたどる。ユダヤ教伝統の価値観と宗儀に執着するメシュラムと、近代啓蒙(けいもう)思想に傾倒する義理の孫アサの間の生活信条の相克が中心主題である。2人の周辺に登場する多数の人物はすべて、ユダヤ人の伝統的生活様式と近代思潮、シオニズム、社会改革思想とのはざまにあって、それぞれの信条に従い、家族間および非ユダヤ人社会との間で融和、反目しつつ愛と性と信仰の人生を送ってゆく。シンガーはのち、ロシア統治に対する1863年の反乱挫折(ざせつ)後の時代を扱う『領地』(1967)とその続編『資産』(1969)で、ポーランド貴族の没落に伴い成金に転じるユダヤ人が、物質的成功と引き換えにユダヤ人本来の敬虔(けいけん)な宗教的生活から離反する過程を描き『モスカト家の人びと』と同様、娘婿が代表する非ユダヤ的同化主義との対立を経て、伝統回帰に向かう姿を追求している。
[邦高忠二]