将棋で〈歩〉が相手側の陣地に乗り込むと一躍〈金〉に成り上がることからきた言葉で,急に金持ちになること。この流行語ともなったあだ名は,明治末年,熱狂的な株式ブームで一挙に200万~300万円の巨利をつかんだ鈴木久五郎に最初につけられた。そこには,軽蔑と嘲笑がこめられている。〈濡れ手で粟〉のたとえどおり,大した計画ももちあわせないのに成金が大規模に増えていったのは,第1次世界大戦で世界各地で物資の輸入がとだえ日本に物資を求めてきたからである。〈歩兵が一躍将官になる〉〈赤手空拳の素寒貧(すかんぴん)が一攫(いつかく)千万金をかちとり,大尽になる〉といわれ,この用語は,外国でも〈ゲイシャ〉〈キモノ〉〈ムスメ〉とともによく知られる日本語の一つとなった。
1914年6月,ヨーロッパで第1次大戦の火の手があがった当時,日本は日露戦争時の外債の利子払いの負担と輸入超過の続きで一時は混乱したが,翌15年以降,日本の参戦と戦争の影響で輸出が伸び,この年から18年の4年間に,14億円の出超をみた。この数字は平常時の10年分以上の額にあたる。しかも,運賃収入をはじめとする貿易外収支の急増とあいまって,この期間に28億円の受取り超過となった。日本は一転して債務国から債権国となったようなものである。この大戦景気は,化学,機械,金属を中心とする資本の蓄積を飛躍的に高め,そのため,空前の投機熱も起こり,成金という言葉を生むようになった。彼らは莫大な戦争利得者として造船業,海運業に顕著にみられ,とくに神戸の船舶界はロンドンを除くと世界第一の活況をみせ,内田信也,山下亀三郎らの船成金を生み,神戸が全体として成金色に染まったほどである。また,鉄鋼,化学,染料などの諸工業も国内で急速に起こり,成金は経済の各界に及び,さまざまなゴシップが伝えられた。
成金の社会的行動の特徴は,虚栄の権化となり,成金風を吹かせるという,物質的な生活に金銭を投じ贅(ぜい)をきわめることであった。内田信也の百畳敷の大広間をもった須磨御殿,山本唯三郎が船成金大尽の急先鋒となり朝鮮に200人の征虎隊を組織して虎狩りを催し,帝国ホテルで朝野知名の士を招待し虎肉試食会を開いた話をはじめ,ぜいたくな宴会,広壮な邸宅,自動車,骨董(こつとう)趣味に話題が集中していた。1幅の掛物,1個の茶器に20余万円を投じたり,一人前500円の料理での宴会とか,御祝儀が50円,100円という庶民の生活感覚では想像を絶するようなことが行われていた。ちなみに私立大学卒業者の初任給は65円であった(1918年,三菱系会社の場合)。こうした成金の立居振舞いは,一方では〈拝金主義〉を生むとともに,他方では物価騰貴にあえぐ中間層,労働者,農民の反感を招き,社会不安を増大させていった。しかし,〈成金はしょせんは歩〉といわれたように,第1次大戦が終結すると,経済不況がおとずれ,金融が逼迫(ひつぱく)し,株式市場が暴落するという反動恐慌のなかで,成金ブームに酔いしれていた人びとは,急速に没落していった。
執筆者:金原 左門
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
商品投機や株式投機などで短期間に富の蓄積を行った人。将棋で「歩」が敵陣に入ると「金」に成ることに由来する。第一次世界大戦の好況期に「一夜大尽(だいじん)」とよばれるような急速な富の蓄積を行った事業家がとくに成金(大正成金)として有名。ヨーロッパにおける戦争の影響で重化学工業製品の輸入が途絶したため、船舶、鉄鋼製品、化学製品などの軍需関連物資の需要が高まり、これらの商品を中心に短期間のうちに商品価格が急騰。たとえば銑鉄は1914年(大正3)の平均市価、トン当り49円が18年9月には541円に、船価は5000トン型中古船の戦前価格約30万円が16年には300万円に暴騰したごとくである。
こうした大戦景気は思惑と投機を助長し、投機で巨利を手にする成金を輩出した。三井物産社員から一挙に大資産家となった船成金内田信也(うちだのぶや)などはその典型である。世界大戦が始まった1914年、内田は三井物産を退社し、資本金2万円、船舶一隻で神戸に内田汽船を開業、石炭輸送や船舶取引にかかわるなどして、開業後わずか3年後に、資本金1000万円、所有船17隻の大事業家となった。16年の内田汽船の株式配当60割という数字は、この間の船成金の巨利の異常さを物語っているといえよう。このような船成金には、ほかに、朝鮮で二度も虎(とら)狩りをしたことから「虎大尽」とよばれた山本唯三郎(たださぶろう)、「泥亀(どろかめ)」とよばれた山下亀三郎(かめさぶろう)などがおり、株成金、鉄成金、鉱山成金なども輩出した。一介の小商人から「百万長者」へとのし上がっていったこれらの成金に対して、庶民は羨望(せんぼう)と嫉妬(しっと)の感情を抱き、『成金問題』(千原伊之吉著)という本が版を重ねたり、新聞の社説に「成金の意義」(1916年2月5日付け『東京日日新聞』)が載るなどして、成金という用語はこの時期の流行語となった。しかし第一次大戦が終結し、大戦ブームが去っていくなかで、とりわけ20年(大正9)3月以降の反動恐慌期には泡のように消えていった成金も多かった。
[竹内壮一]
『邦光史郎著『成金の天下』(『日本人の100年 九』所収・1972・世界文化社)』▽『梅津和郎著『成金時代』(教育社歴史新書)』
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投機的・冒険的経営によっていっきょに巨富を得た者をさす。日露戦争後に使われ始め,その後第1次大戦期の軍需景気,朝鮮戦争時の特需景気の頃までジャーナリズムで使用された。大戦景気の頃に最も人口に膾炙した。半年60割という史上最高の配当を行った船成金の内田信也,株成金の野村徳七,鉱山(ヤマ)成金の久原(くはら)房之助らが有名。
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