ヨース(読み)よーす(英語表記)Kurt Jooss

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヨース」の意味・わかりやすい解説

ヨース
Jooss, Kurt

[生]1901.1.12. ワッサーラルフィンゲン
[没]1979.5.22. ハイルブロン
ドイツの舞踊家,振付師。シュツットガルト音楽院,演劇学校に学ぶ。 1920年 R.ラバンに会い,舞踊の道に入った。ミュンヘンに舞踊団ノイエ・タンツビューネを組織し,各地を巡演。 27年エッセンの総合舞台芸術学院フォルクバンクシューレの舞踊科主任となり,翌年同校の学生と民俗舞踊研究所を設立。 30年エッセン歌劇場のバレエ・マスターになり,『緑のテーブル』 (1932) などを発表,同作品は民主政治退廃と台頭するナチズムを風刺して大評判をとった。ナチス・ドイツ時代はロンドンに亡命し各地で公演,彼の舞踊団はヨース・バレエ団として知られるようになった。第2次世界大戦後エッセンに戻り,68年引退後も娘とともに自作再演にあたった。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヨース」の意味・わかりやすい解説

ヨース
よーす
Kurt Jooss
(1901―1979)

ドイツの舞踊家、振付者。ワッセラルフィンゲンに生まれる。R・ラバンに舞踊を学び、1924年S・レーダーと新舞踊劇場(ノイエ・タンツ・ビユーネ)を創立、『悪魔』などの作品を上演。1929年にはエッセンの「フォルクワンク・シューレ」の舞踊監督に就任。『大都市』『古きウィーンの舞踏会』などを創作、1932年にパリの国際舞踊文庫の創作コンクールに『緑のテーブル』を出品、受賞した。このバレエは国際政治と軍事行動を風刺したもので、反戦舞踊の名作として有名である。ナチスの勃興(ぼっこう)でイギリスに亡命したが、1949年エッセンに帰り、創作活動とともに舞踊教育に精力を注いだ。彼の門下からバウシュPina Bausch(1940―2009)、ホフマンReinhild Hoffmann(1943― )らが出た。

市川 雅]

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