改訂新版 世界大百科事典 「ラバン」の意味・わかりやすい解説
ラバン
Rudolf von Laban
生没年:1879-1958
ハンガリーに生まれ,ドイツとイギリスで活躍した舞踊家,振付師,舞踊理論家。パリのエコール・デ・ボーザールに学び,ムーラン・ルージュで舞踊家として出発,北アフリカ,ドイツ各地を転々としながら舞踊家としての基礎を固めた。1910年ミュンヘンにモダン・ダンスの学校を開設,その生徒の中にM.ウィグマンがいた。19年シュトゥットガルトにラバン舞踊団を開設,K.ヨースが参加した。28年《記された舞踊Schrifttanz》を出版,長年の動作の分析研究に基づいた舞踊の記譜法〈キネトグラフィー・ラバンKinetographie Laban〉を発表した。これは後にアメリカでラバノーテーションとして広く用いられるようになった。30-34年ベルリン国立歌劇場の舞台監督に就任。第2次世界大戦時にイギリスにわたり,晩年はおもに舞踊教育に従事した。工場労働者の動作の研究を行い,47年《エフォート》を出版。これが基礎となり,エフォート・シェープeffort-shape分析に発展した。生涯にわたり,自由かつ創造的な作品を数多く振付け,現在のモダン・ダンスへと受け継がれたが,彼自身の作品で現存するものはない。
執筆者:大谷 紀美子
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報