日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヨーロッパ懐疑主義」の意味・わかりやすい解説
ヨーロッパ懐疑主義
よーろっぱかいぎしゅぎ
一般的にヨーロッパ統合やそのあり方、あるいはヨーロッパ連合(EU)の諸制度や諸機関に対して批判的な政治意識や態度をさす。1992年にEUが発足し、ヨーロッパ単一市場や単一通貨の実現など、ヨーロッパ統合が深化していくなかで、加盟各国で広がっていった。ただし、ヨーロッパ統合そのものに反対する場合、その方向性や意思決定のあり方、EU諸機関の権限に反対する場合やユーロ脱退を訴えたりする場合など、懐疑主義の強度や内容にはバリエーションがある。また、イギリスのように歴史的にEUから距離を置いてきた加盟国と、ドイツのようにヨーロッパ統合を熱心に支持してきたような国においては、世論におけるヨーロッパ懐疑主義の度合いは大きく異なる。
ヨーロッパ懐疑主義が広く表れるのは、1992年のマーストリヒト条約批准時のフランスやデンマーク、2005年のEU憲法条約批准時のフランスやオランダ、さらに2016年のイギリスのEU離脱(ブレグジット)といった国民投票の際、さらにシングルイシュー(単一争点)で戦われ、時の政権与党に対する批判票が集まりやすいヨーロッパ議会(欧州議会)選挙の際である。政権与党は、保革のいずれであっても、EUの政策を大きく変更することはむずかしい。このため、EUにまつわる争点は、通常の保革の対立軸を横断して形成され、国民投票や欧州議会選挙のように、通常の保革対立軸とは異なる民意が表出可能なときに、ヨーロッパ懐疑主義は噴出しやすい。極左政党や極右政党などは一般的に反EU勢力に数えることができるが、これも従来の保革対立軸が機能せず、ヨーロッパ懐疑主義が強まると勢いを増す。
また、ヨーロッパ懐疑主義はヨーロッパ統合やEUが国益にマイナスに作用するととらえられるときに強まる傾向がある。1990年代初頭の通貨危機や2010年代のユーロ危機では各国の財政主権が制約されたため、EU批判が高まった。また単一市場は人の自由移動を認めることから、2000年代以降の中東欧諸国へのEU拡大による安価な労働力の流入などは、EUの制度が機能していないとの世論の不満を高めた。その結果政権与党であっても、EUを批判する政治姿勢をとらざるをえない状況をつくりだしてきた。
ヨーロッパ統合は第二次世界大戦の戦後期に、恒久平和のみならず、加盟国の国力増加や市民の豊かさを約束するものであった。こうしたEUの存在理由が問われるときにヨーロッパ懐疑主義は力をもつといえる。
[吉田 徹 2018年7月20日]
『庄司克宏著『欧州ポピュリズム』(ちくま新書)』