ローデシア=ニアサランド連邦(読み)ローデシア=ニアサランドれんぽう(その他表記)Federation of Rhodesia and Nyasaland

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

ローデシア=ニアサランド連邦
ローデシア=ニアサランドれんぽう
Federation of Rhodesia and Nyasaland

1953年 10月イギリスの自治植民地南ローデシア,同保護領北ローデシアニアサランドが形成した連邦中央アフリカ連邦ともいう。連邦結成後も構成3地域はイギリス植民地として従来の地位を保ち,その上部機構として連邦議会,および総督の任命する首相,内閣による責任政府が存在していた。同連邦はパートナーシップ (人種協調主義) を構成原理としていたが,実際には南ローデシアの白人支配体制を北ローデシア,ニアサランドに拡大し,経済的には北ローデシアの銅を中心とした豊かな鉱物資源,ニアサランドのアフリカ人労働力をもって,これを支えるというねらいを秘めていた。しかし北ローデシア,ニアサランドのアフリカ人解放組織はもともと連邦化に反対しており,63年 12月,ついに連邦は解体し,64年7月ニアサランドはマラウイとして,同年 10月北ローデシアはザンビアとしてそれぞれ独立。南ローデシアだけが植民地として残ったが,その後 80年にジンバブエとして独立。 (→ローデシア問題 )  

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日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ローデシア・ニアサランド連邦
ろーでしあにあさらんどれんぽう
The Federation of Rhodesia and Nyasaland

1953~63年にかけて結成された旧イギリス領の南ローデシア(現ジンバブエ)、北ローデシア(現ザンビア)、ニアサランド(現マラウイ)の三国による連邦。北ローデシアの銅資源に着目した南ローデシアの白人により提起され、アフリカ人労働力の豊富なニアサランドを加える形で成立した。銅開発による収益大半は、資本と技術を提供した南ローデシアにもたらされた。しかし連邦結成に反対する三国のアフリカ人の運動がその後の民族独立運動に継承されたため、わずか11年で解体した。その翌年北ローデシアとニアサランドは独立したが、南ローデシアの白人支配は1980年のジンバブエ独立まで続いた。

[林 晃史]

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