ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ワンゼー会議」の意味・わかりやすい解説
ワンゼー会議
ワンゼーかいぎ
Wannsee Conference
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…シオニスト団体はこの間SSと協力してドイツおよびハンガリーなどの諸国からの〈ユダヤ人〉のパレスティナへの移住の組織にあたった。第2次世界大戦中42年1月ワンゼー会議で決定された〈最終解決〉に基づき,ナチス・ドイツ軍占領下のヨーロッパ諸地域,とくにポーランド,ソ連邦で〈ユダヤ人〉に対して行われた大量虐殺が,いっさいの目的合理性を欠いた狂気の自己運動であったのか,あるいは侵略戦争遂行の上で一定の政治的・経済的・軍事的役割を担った政策の結果であったのか,これを見きわめることは今なお困難である。ただ大量のユダヤ人囚人を使い捨ての安あがりの労働力として文字通り死ぬまで酷使し,しかもその死体までも利用し尽くし,これらをすべて経営上の収支決算として計算していたIG(イーゲー)ファルベンなどの独占資本があったことは指摘しておかなければならない。…
※「ワンゼー会議」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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