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アステカ民族 アステカみんぞくAztec

翻訳|Aztec

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

アステカ民族
アステカみんぞく
Aztec

16世紀初頭にメキシコ高原に一大帝国を築いていたナワトル語を話す民族。メヒーカ族とも呼ばれ,もとはメキシコ北方のアストラン地方に住んだ。 12世紀頃から南方に移動を開始し,メキシコ中央高原に定着して近隣諸民族を征服。現在のメキシコシティーにあたるテスココ湖上の島テノチティトランを首都とし,テスココ族とトラコパン族との同盟の中心となって一大帝国を築き,アステカ文明呼ばれる独自の文明を育てた。有能なトウモロコシ農耕民で,テスココ湖などに浮遊農園 (チナンパ) をつくっていた。また勇敢な戦士として知られ,青銅製の盾,矛,槍,弓矢を武器とした。民家は通常質素な日干し煉瓦造であったが,テノチティトランに建てられた石造の宮殿や神殿は絵画や浮彫で飾りたてられていた (→暦の石 ) 。アステカ社会は貴族と平民に大別される。血縁的共同体カルプーリが,政治的,行政的単位となっていた。各カルプーリは1人の首長によって治められ,その最高首長が王であった。アステカ民族に征服された近隣諸民族はアステカの社会には組入れられず,捕虜となって奴隷,人身供犠の対象とされた。アステカの世界観は,太陽に人間の血を捧げることを怠れば太陽は動きを止めて世界に終末が訪れるという宿命的信仰によって特徴づけられる。いけにえにされたのは常に捕虜であって,アステカにとって戦争とは勢力拡大のためだけでなく,いけにえの人間を確保するためのものでもあった。捕虜はいけにえ台の上に載せられ,神官の手によって石製ナイフで胸を切り開かれた。こうして取出された心臓は太陽に捧げられたのである。アステカ民族は 1519年,H.コルテスの率いるスペイン軍に征服された。

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