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アルヘンティーナ La Argentina

百科事典マイペディアの解説

アルヘンティーナ

本名はアントニア・メルセ。スペインの女性舞踊家。アルゼンチンのブエノスアイレスに生まれ,それにちなんで芸名とした。両親は職業舞踊家。幼いころにスペインに戻り,マドリードで古典舞踊とスペイン舞踊を学ぶ。
→関連項目大野一雄

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世界大百科事典 第2版の解説

アルヘンティーナ【La Argentina】

1888‐1936
本名Antonia Mercé。スペインの女性舞踊家。アルゼンチンのブエノス・アイレス生れにちなみ,国名を芸名とした。両親が舞踊家で,早くからマドリードやパリに出て,スペインの地方的な踊りを芸術的舞踊に高めた。カスタネットの技術に長じ,アルベニスグラナドスの音楽を使用したことは画期的なことであった。世界各国を巡演し,1929年来日。20世紀最大のスペイン舞踊家と評価されている。【久保 正士

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大辞林 第三版の解説

アルヘンティーナ【La Argentina】

1890頃~1936) スペインの舞踊家。民族舞踊を芸術に昇華させスペイン舞踊の復興をもたらした。主にスペイン近代音楽を踊り、「カスタネットの女王」と呼ばれた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

アルヘンティーナ
あるへんてぃーな
La Argentina
(1890―1936)

スペインの女流舞踊家。アルゼンチンのブエノス・アイレス生まれ。本名Antonia Merc。繊細で高貴、しかもユーモアあふれる演技で観客を魅了し、スペイン舞踊のルネサンスを生んだといわれる。スペインよりもパリで有名で、ファリャの『恋は魔術師』、アルベニス、グラナドスなどのスペイン近代音楽をおもに踊り、フラメンコは踊らなかった。1929年(昭和4)来日。現在モナコにアルヘンチーナ記念館がある。[市川 雅]

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20世紀西洋人名事典の解説

アルヘンティーナ
La Argentina


1890 - 1936
スペインの舞踊家。
ブエノス・アイレス生まれ。
本名Antonia Mercé。
マドリッド・オペラのバレリーナであったが、その後スペインの地方的な踊りを芸術的舞踊に高めた。国名から芸名をとり、アルベニスやグラナドスなどのスペイン近代音楽を主に踊り、フラメンコは踊らなかった。1929年に来日し、20世紀最大のスペイン舞踊家と評価されている。

出典|日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について | 情報

世界大百科事典内のアルヘンティーナの言及

【アルゼンチン】より

…新大陸の探検時代に到来したスペイン人が,当地に住む原住民の銀の装身具にちなんで国土の中央部を流れる大河をラ・プラタ(スペイン語で〈銀〉の意)川と命名,同川流域一帯はラ・プラタ地方と呼ばれるようになった。スペインからの独立後はラ・プラタと同義のラテン語起源のアルヘンティーナ(英語でアルゼンチン)が国名として採用され,1826年憲法でアルゼンチン共和国の名が初めて正式に用いられた後,60年正称と決定された。国土面積は日本の約7.5倍でブラジルに次ぐラテン・アメリカ第2位,世界第8位の広さを有するが,人口は日本の約1/4にすぎず,人口密度は12.5人/km2(1996)である。…

※「アルヘンティーナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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