南スペイン,アンダルシア地方のジプシーの間で発達した音楽,舞踊。語源は明らかでない。flamencoは標準スペイン語で〈フランドルの〉を意味する形容詞だが,それとは関係なく,アンダルシアの俗語で〈はでな〉〈だてに気取った〉などの意味をもつflameanteという言葉に由来するという説が,一応うなずける。フラメンコの骨子はあくまで南スペインに古くから伝わっていた民俗音楽および舞踊で,ジプシーはそれに彼ら固有の流儀による味付けを施しながら発展させた。アンダルシアは人種および文化・風俗に東方からの影響を強く受けた地方で,民謡の節回し,発声法や楽器の音色に対する好み,踊りのステップに現れるリズム感覚などにも,いわゆる非ヨーロッパ的な要素が著しい。もともと東方の血をもつジプシーにとって,アンダルシア古来の音楽・舞踊は親しみやすいものだったと考えられる。15世紀以後スペインに入って,アンダルシアで博労(ばくろう),鍛冶屋,かご作り,菓子売り,遊芸人などの職に就いたジプシーは,セビリャ,グラナダほか中小都市の場末や下町に多く住みつき,当初のうちは仲間うちの楽しみごととして歌や踊りを続けていた。しかし,19世紀後半から彼ら独自の音楽舞踊のおもしろさは一般スペイン人の目を引くようになり,アンダルシア各地の町々に〈カフェ・カンタンテcafé cantante〉と称する,これのための舞台を設けた酒場が現れて繁昌した。カフェ・カンタンテはまもなく首都マドリード,北東部のバルセロナなどへも普及した。さらにこの時代にフラメンコは飛躍的な発展をみせ,たとえば今日に伝わる主要な形式のほとんどはこの時代に確立された。また,伴奏楽器ギターの技術が非常な発達を示した。20世紀に入ってからは劇場にも進出,民族的舞踊芸術として世界的に迎えられるようになった。また,従来は伴奏が専門であったギターに新しく独奏芸術としての道が開けた。
フラメンコの中心をなすものは,カンテcanteと呼ばれる,独特な歌である。踊り,ギター・ソロの諸形式も,ほとんどカンテの形式から発している。カンテは普通,カンテ・グランデcante grande(大きな歌)とカンテ・チーコcante chico(小さな歌)に大別される。前者は歴史が古く一般に荘重な感じで深刻な内容のものが多く,原則としてもっぱら歌われるもの,後者は比較的新しく軽妙なリズムに乗せて日常の哀歓をうたうことが多く,踊りを伴うものである。ただし,20世紀に入ってのち舞台芸術として幅を広げるため,カンテ・グランデにも振付が行われるようになった。また,マラゲーニャなどはグランデともチーコともつかない中庸の性格をもち,ときにカンテ・インテルメディオcante intermedio(中くらいの歌)と呼ばれる。カンテはまた,とくにジプシーの色が強いカンテ・ヒターノcante gitanoと,アンダルシアの民謡がフラメンコの中に取り入れられたカンテ・アンダルスcante andaluzにも大別される。ほかに奥深く神秘的な情緒や感動を伝える歌をカンテ・ホンドcante jondo(深い歌)という。
フラメンコの踊りはブラセオbraceoと呼ばれる腕,手,指の動きに東洋的な特徴がみられる。足の動きはサパテアードまたはサパテオと呼ばれ,踊り手が上体の動きを少なくし,もっぱら靴音によって千変万化のリズムを打ち出す,足さばきの技法に特色がある。その他,激しい動きを一瞬止めて姿のよさを際だたせるデスプランテ,歩き方の優美さを見せるパセオなどがおもな技法で,女性はひだが多く長い裾を引くスカート,男性はぴったり身についたチョッキとズボンという伝統的な衣装をつける。今日舞台のフラメンコでカスタネットが多用されるが,これはスペイン一般の舞踊からきたもので,ジプシーたちは本来カスタネットを使わず,代りにピートスpitosという指鳴しのテクニックでリズムをつくり出すことが多い。また,踊りのほか歌の伴奏にも欠かせない手拍子(パルマスpalmas)も古くから行われた。〈オレ!〉など,即興的に発せられる掛声もフラメンコの雰囲気を高める。
フラメンコ・ギターは,クラシック・ギターと同様にピックなどを使わず直接指先を弦に触れて演奏する。華やかな音を得るために表面板を薄くし塗料を少な目にしたり,表面板上の一部にゴルペと称するセルロイドの薄板を貼り付けるのも特色で,奏者はこれの上を右手指でたたき,打楽器的なリズムの効果をまじえる。弦をひとまとめにかき鳴らすラスゲアードrasgueadoまたはラスゲオrasgueoの手法も発達している。音色は一般にクラシック・ギターに比べ外向的で激しく,情熱をそそるような響きが求められる。
フラメンコは音楽的にみても音階,旋法,和声進行,リズムなどあらゆる面にきわめて高度な独創性をもっている。その主要な旋法は,古代からの伝承を受け継いだもので,ミを基音としており〈ミの旋法〉と呼ばれる。それに伴って,ギターの和声進行も独自のものとなっている。リズムはスペイン一般の民俗舞曲と共通性をもつものも多い。拍子は3拍子系が優勢であるが,主要な舞曲の一つタンゴ(タンゴ・フラメンコ)は2拍子系のリズムによる。
アルベニス,ファリャ,トゥリーナJoaquin Turina(1882-1949)らスペインの代表的作曲家たちはもとより,ドビュッシー,ラベルら外国の作曲家たちもフラメンコの音楽的特性から要素を汲んで,それぞれの作品に生かしている。また,ジプシーとフラメンコの独特な風味は,ガルシア・ロルカをはじめ多くの近・現代詩人たち,作家たちに霊感を与えた。
→ジプシー音楽 →スペイン音楽[民俗音楽] →スペイン舞踊
執筆者:浜田 滋郎
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スペイン南部のアンダルシア地方の民俗舞踊と音楽の一形態。おもに同地方南部のロマ(かつてはジプシーとよばれた)により発展、継承されてきた。今日的なフラメンコの基礎が固められたのは、ロマの同地方定住がいちおう完了した18世紀のことである。
フラメンコは、舞踊のバイレ・フラメンコbaile f.と歌謡のカンテ・フラメンコcante f.、ギター・ソロのトケtoqueからなる。本来は、踊り手1人(または男女1組)、歌い手1人、ギター奏者1人で演奏されたが、近年ではさまざまな演奏形態がみられる。
カンテ・フラメンコの多くの曲種を、その性格から便宜的に分類すると次の5種になる。
(1)深遠で重い内容のカンテ・ホンドまたはカンテ・グランデ(ポロ、ソレアレス、シギリーリャなど)。
(2)陽気で軽快、大半が踊りを伴うカンテ・チコ(アレグリアス、ブレリアス、ファンダンギーリャなど)。
(3)上の二つの中間的存在であるカンテ・インテルメディオ(ティエント、マラゲーニャ、ペテネラなど)。
(4)カンタオール(歌い手)がフラメンコ以外のアンダルシア民謡などを自己のレパートリーに加えたもの(ミロンガ、ビト、タンギーリョ、ビリャンシーコなど)。
(5)宗教性の強いサエタ。このほかに、ソレアレス・ポル・ブレリアスなどのように、二つの曲種を結合した形式もある。
[アルバレス・ホセ]
『浜田滋郎著『フラメンコの歴史』(1983・晶文社)』
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…発育を抑えられた足で歩くには臀部以下の下肢の安定を求める揺動が必要で,それが当時の女性美の基準にかなっていた。 足が主役を果たす踊りに,コサック・ダンスやタップ・ダンス,フラメンコなどがある。コサック・ダンスやタップ・ダンスでは全身が上下に舞うのに対し,フラメンコの足踏み(サパティアード)では腰から上はほとんど上下に動かない。…
…前者は,貧しい生活や不幸な運命を嘆く悲しみの歌であり,後者は,指を鳴らしたり,唇を震わせて音を出したりという独特のリズム伴奏を伴った,肉体の躍動する,官能的陶酔の喜悦の歌である。 ここに表現されている喜びと悲しみの感情の鋭い対照は,どの国のジプシー音楽にも共通するもので,特にその情熱の緊迫した表現という点では,スペインのフラメンコが有名である。フラメンコは,南スペイン,アンダルシア地方の民謡を母体としたジプシーの歌(カンテ・フラメンコ),踊り(バイレ・フラメンコ),ギター音楽(トケ)の総称である。…
…とくにラ・マンチャのセギディーリャはスペイン舞曲の典型として,マドリードに発生したボレロやアンダルシアのセビリャーナスsevillanasを生む母体ともなった重要なものである。そして,こんにちスペインの民俗芸能を代表するものとなったアンダルシアのフラメンコがある。これはほぼ16~17世紀以来,南スペインに定住したジプシーがおもにはぐくんだものであるが,その音楽および舞踊は,明らかにアンダルシア古来のものに根ざしている。…
…スペインは,舞踊のさかんなことにかけてはヨーロッパでも指折りの国である。ボレロ,セギディーリャ,ホタ,ファンダンゴ,各種フラメンコ舞踊など世界的に知られる踊りも少なくない。なかでも著名なのはフラメンコだが,これがスペイン舞踊のすべてであるように思うのは誤解で,この国にはより古い歴史をもつ古典舞踊や,それぞれ固有の風土を背景とした多様な民俗舞踊の流れも存在する。…
※「フラメンコ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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