改訂新版 世界大百科事典 「アンティオキア学派」の意味・わかりやすい解説 アンティオキア学派 (アンティオキアがくは) シリア地方の町アンティオキアを中心に展開された,3世紀後半~5世紀前半の神学の伝統で,アレクサンドリア学派のロゴス・キリスト論に対立するキリスト論を持った。サモサタのパウロスに始まり,ルキアノスとその弟子アリウス,テオドロス,クリュソストモス,アポリナリウスなどが有名で,最後にネストリウスが出た。この学派にはアリストテレスの影響があり,聖書の文法的・歴史的研究を重んじ,比喩的解釈ではなく予型論的解釈でもって聖書の救済史的統一を示した点がすぐれている。しかしキリストの神性よりも人性を重視してその両性の一致をこわし,また神の母マリアを認めないなどにより,しばしば異端とされた。執筆者:泉 治典 出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報 Sponserd by
日本大百科全書(ニッポニカ) 「アンティオキア学派」の意味・わかりやすい解説 アンティオキア学派あんてぃおきあがくは シリアのアンティオキアを中心に、3世紀末から5世紀にかけて栄えたキリスト教神学の一派。代表的神学者として、殉教者ルキアノスをはじめ、4~5世紀にはクリソストモス、モプスエスティアのテオドロス、ネストリウスなど正統、異端両派の人々があげられる。「アレクサンドリア学派」とは種々の点で対抗し、思想的には新プラトン主義よりアリストテレスの影響を受けキリスト論においてはその人間性、歴史性を重視した。また聖書解釈でも、比喩(ひゆ)的解釈を退け歴史的、文法的解釈を重んじた。[菊地栄三] 出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例 Sponserd by