あるものごとを別のものごとに見立て,なぞらえる表現。〈比喩〉という用語は,同音語〈譬喩〉や,あるいはたんに〈喩〉という語と同義にもちいられるばあいが多い。
ヨーロッパの伝統レトリックにおいては,言語表現の技術をあつかう(狭義の)修辞部門のなかに,おびただしい種類の〈ことばのあやfigure of speech〉が分類されていた。〈あや〉とは,平常の表現とは異なって目だつ表現形式のことであり,たとえば,文型のあやとしての語句挿入,省略,転置,反復など,思考のあやとしての緩叙,対比,擬人など,100を越える型が技法として説明されていた。そういう多様な〈ことばのあや〉のうちで,とくに語の意味を変様させる表現形式は〈転義trope〉と呼ばれ,特別あつかいで詳細に研究されていた。〈転義〉は,後述するような隠喩,換喩,提喩,諷喩などを一括する総称であり,結果的には〈比喩〉ときわめて近い用語である。何かを何かになぞらえるという趣旨の〈比喩〉と,語の意味を転じてもちいるという趣旨の〈転義〉は,概念のなりたちは異なるけれど,実際にはほとんど同じ言語現象をさしているし,じっさい,現代日本語としての〈比喩〉もまた,たいていは直喩や隠喩,換喩などに分類されて説明される。しいていえば,直喩は語の意味を転ずるわけではないから,〈転義〉は直喩を含まないとみなされるばあいが多いのに対して,〈比喩〉はつねに直喩を含むものと考えられている,という点だけが微妙なちがいであろう。
主要な比喩の種類としては次のようなものがある。
(1)直喩simile(シミリ) あるものごとXを言いあらわすために〈XはYのようだ〉〈Yによく似たX〉というように,異種のものごとYとの類似性を明示的に表現する。たとえば〈幕府の隠密が犬のように……〉というような形式。なお,同種のものごと同士の類似性は比喩的感覚にもとづくものではないから(姉によく似た妹),直喩ではない。
(2)隠喩metaphor(メタファー) 暗喩ともいう。あるものごとを言いあらわすのに,その名称Xをもちいず,それと類似した異種のものごとの名称Yをもちいて暗示的に表現する。古来,直喩は隠喩を明示的に表現する形式,また逆に,隠喩は直喩を暗示的に縮約した形式である,と説明されるばあいが多かった。たとえば〈幕府の犬が町を嗅ぎまわっている〉という表現において名詞〈犬〉と動詞〈嗅ぐ〉は隠喩である。
(3)換喩metonymy(メトニミー) あるものごとを言いあらわすのに,その名称をもちいず,それと現実的な隣接関係にあるものごとの名称をもちいて表現する形式。たとえば,柔道の有段者を〈黒帯〉と呼び(本体と特徴的な付属部分の関係),酒を飲むことを〈盃をくむ〉と言う(内容と容器の関係)ように。換喩は,隠喩とちがって類似関係にはまったくかかわりなく,ただ現実的な隣接(縁故)関係にもとづく比喩である。
(4)提喩synecdoche(シネクドキ) 伝統的に提喩は,一部分の名称によって全体を,あるいは逆に全体の名称によって一部分を表現する比喩である,と定義されてきた。しかし現実的な全体と部分の関係にもとづく(たとえば〈白帆〉で〈船〉をあらわす)表現は換喩の一種である。それに対して,概念的な全体と部分(すなわち類と種)の関係にもとづく比喩表現は,本来の提喩である。たとえば〈人はパンのみによって生きるのではない〉というような表現において,〈パン〉という種は食物という類全体をあらわす提喩である。
(5)諷喩allegory(アレゴリー) 同系列の隠喩を連続させて,たとえ話のような形式に構成する比喩表現。たとえば,人生を〈旅〉に見立てる隠喩を展開させれば〈日が暮れかけてまだ旅の道は遠い〉というような,人生を語る諷喩が成立する。多くのことわざは諷喩である。
かつての修辞学においては,比喩はもっぱら,平凡な表現のかわりに〈代入〉される効果的な表現,すなわち表現の装飾の技法と考えられてきた。しかし認識論的に再検討してみれば,比喩は,古い有限な言語体制のなかにまだ常識化されていない(まだ名称のない)新しい創造的な認識を言語化する方法,という重大な働きをになっていることがわかる。また,重層的な意味の造形という比喩の機能も見のがせない。比喩は,たんなる装飾にとどまるものではなく,人間の言語的認識の根源的な動きを反映しているとも考えられる。たとえば言語学者ヤコブソンによる隠喩と換喩を拡大解釈して言語表現の基本的しくみとみなす説は,比喩についての新しい考えかたの一例として広く知られている。
→レトリック
執筆者:佐藤 信夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
いいたい事柄を何かに例えることによって、効果を期待する表現方法。たとえば、「花咲き匂(にお)うような人生」(堀辰雄(たつお)『風立ちぬ』)というような表現である。
比喩は、(1)例える事柄と(2)例えられる事柄と(3)例える行為との三者から成り立つ。これら三者が、どの程度ことばとして示されるかによって、直喩・隠喩・諷喩(ふうゆ)の3種に区別できる。
直喩は、「(1)星ばかり映して居る深山の湖(3)のような(2)眼」(岡本かの子『春』)にみるように、(1)(2)(3)の三者がすべて言語化している場合である。(3)の例える行為は、「のような」という、たとえであることを示すことばとなって言語化されている。このように、たとえであることが、ことばによって明らかに示されているので、明喩(めいゆ)ともいう。もっともわかりやすい比喩である。
隠喩は、「(2)彼女の眼は、(1)夕闇の波間に浮ぶ、妖しく美しい夜光虫だった。」(川端康成(やすなり)『雪国』)にみるように、(1)(2)だけが言語化され、(3)のたとえであることを示す語句が隠されてしまう場合である。暗喩ともいう。(3)が言語化されないので、(1)たとえと(2)例えられるものとが直結し、写真の二重写しのような重層効果をあげる。
諷喩は、「(1)井の中の蛙(かわず)大海を知らず」のごとく、(1)の例える事柄しか言語化されない場合である。(2)の例えられている事柄が、裏面に隠されているので、教訓や風刺に用いると、相手の耳に入りやすくなり、効果的である。寓喩(ぐうゆ)ともいう。『イソップ物語』などの作品は、人間の世界を動物の世界にそっくり置き換え、真にいいたいことを隠し、さらに、たとえであることもまったく示さないので、長大な諷喩である。
比喩は、古今東西を問わず、また韻文・散文の違いや文学ジャンルの違いなどにかかわりなく、広く一般的に用いられる表現方法である。比喩を用いると、表現したい事柄を、具体的なイメージを伴って、生き生きと描き出すことができる。
[山口仲美]
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