アート ガーファンクル(英語表記)Art Garfunkel

現代外国人名録2016 「アート ガーファンクル」の解説

アート ガーファンクル
Art Garfunkel

職業・肩書
シンガー・ソングライター,俳優

国籍
米国

生年月日
1941年11月5日

出生地
ニューヨーク市クイーンズ

本名
Garfunkel,Arthur

グループ名
旧グループ名=サイモン・アンド・ガーファンクル〈S&G〉

学歴
コロンビア大学〔1965年〕卒

受賞
グラミー賞最優秀レコード・デュオ賞(第11回)〔1968年〕「ミセス・ロビンソン」,グラミー賞最優秀レコード・楽曲・アルバム賞(第13回)〔1970年〕「明日に架ける橋」

経歴
フォレスト・ヒルズで育ち、ニューヨークの公立小学校でポール・サイモンと出会う。1957年15歳のとき、ビッグ・レコードからサイモンと“トム・アンド・ジェリー”というデュオ名で、「ヘイ・スクール・ガール」を吹き込みヒットさせた。のち別々の学校に進むが、’64年サイモンの申し出で再びコンビ結成、“サイモン・アンド・ガーファンクル(S&G)”のデュオ名でフォーク・アルバム「水曜の朝、午前3時」を発表。その中の「Sounds of Silence(サウンド・オブ・サイレンス)」(映画「卒業」の主題歌)が’65年の大ヒット曲となり、一躍有名になった。’70年にはアルバム「明日に架ける橋」が世界的大ヒットとなり、グラミー賞など受賞。他のヒット曲に「ミセス・ロビンソン」「アメリカの歌」などがある。その後、ソロ活動に進み、ソロアルバムを発表する一方、映画「愛の狩人」(’71年)、「ジェラシー」(’80年)などに出演し俳優としても活躍。’75年サイモンのレコーディングに参加し、S&Gとしてシングル「マイ・リトル・タウン」を発表。’81年にもコンビを再結成し、ニューヨークのセントラルパークでのコンサートで大成功を収める。その後それぞれの活動を展開。ソロアルバムに「天使歌声」(’73年)、「レフティ」(’88年)など。’92年来日し、初の単独公演を開催。’93年12月3度目の再結成。2003年にもコンビを再結成し、20年ぶりのツアーを行う。2004年マリファナ所持の現行犯で逮捕される。1982年の初来日で、東京・後楽園球場と大阪球場での計5公演で16万人を動員。’93年の再来日では東京ドーム、福岡ドームでの2公演で8万人のファンを集めた。2009年7月16年ぶり3度目の来日公演。

出典 日外アソシエーツ「現代外国人名録2016」現代外国人名録2016について 情報

20世紀西洋人名事典 「アート ガーファンクル」の解説

アート ガーファンクル
Art Garfunkel


1942.11.5 -
シンガー・ソング・ライター,俳優。
ニューヨーク市クィーンズ生まれ。
15歳の時に、幼なじみのポール・サイモンと「トム&ジェリー」というボーカル・デュオを結成。「サイモン&ガーファンクル」と名を変え、「サウンド・オブ・サイレンス」「明日に架ける橋」など数多くのヒット曲を放ち、アメリカ音楽界を代表するグループとなり、グラミー賞を獲得。やがて解散し、ソロ活動を続けるかたわら俳優としても活躍する。「愛の狩人」(1971年)などに出演したが、「ジェラシー」(’80年)において、ヒロインを追いつめる神経質なインテリの精神分析医が当たり役となり、好評を博した。’72年にリンダ・グロスマンと結婚したが、のち離婚した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

367日誕生日大事典 「アート ガーファンクル」の解説

アート ガーファンクル

生年月日:1941年11月5日
アメリカのシンガー・ソングライター;俳優

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

今日のキーワード

焦土作戦

敵対的買収に対する防衛策のひとつ。買収対象となった企業が、重要な資産や事業部門を手放し、買収者にとっての成果を事前に減じ、魅力を失わせる方法である。侵入してきた外敵に武器や食料を与えないように、事前に...

焦土作戦の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android