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ウィルキー Wilkie, Sir David

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ウィルキー
Wilkie, Sir David

[生]1785.11.18. スコットランド,フィーフェ,カルツ
[没]1841.6.1. マルタ
イギリスの風俗画家,肖像画家,版画家。ロンドンのロイヤル・アカデミーに学ぶ。初め,D.テニールスオスターデの影響のもとに同時代の庶民生活を描き,その逸話風の風俗画は人々に愛好された。 1825~28年イタリア,ドイツ,スイス,スペインを旅行し,特にスペインではベラスケスムリリョの影響を受け画風に重大な変化を生じた。 30年王室画家となり,36年ナイトの称号を得た。 40年に宗教画の真の背景を見出すため聖地を訪れ,帰途,ジブラルタルへ向う船上で没した。ターナーの『平穏』は彼の水葬の様子を描いたもの。主要作品『村祭』 (1804) ,『村の政治家』 (06) ,『盲目のバイオリン弾き』 (12) など。

ウィルキー
Willkie, Wendell Lewis

[生]1892.2.18. インディアナエルウッド
[没]1944.10.8. ニューヨーク
アメリカの実業家,政治家。父の跡を継いで弁護士となったが,1929年コモンウェルス・アンド・サザン電力会社に入社し法律面を担当,4年後その社長となった。元来民主党員であったが,ニューディール政策のテネシー川流域開発公社TVA法に反対して連邦政府と争い,40年『フォーチュン』誌に寄稿した「我ら人民」の一文で,突如その年の共和党大統領候補に指名された。 F.ルーズベルトに敗れはしたが善戦。第2次世界大戦に際しては早くから連合国援助を主張し,イギリス,中東,ソ連,中国などを歴訪しながら活躍した。著書『一つの世界』 One World (1943) では,戦後の国際協力を唱えた。

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世界大百科事典 第2版の解説

ウィルキー【Wendell Lewis Willkie】

1892‐1944
アメリカ合衆国の政治家。公共事業会社社長。1933年,公社TVAが民間利益を脅かすのは憲法違反だとして,TVAを相手どり提訴した。敗訴とはなったが,反ニューディールの立場に立つとして,40年,共和党の大統領候補に推された。一般投票では大量票を得たが,結局は落選。その後,民主党のF.D.ローズベルト大統領の戦中外交を支持し,そのため党内の支持を失って政界から退いた。著書に,ベストセラー《ひとつの世界》(1943)がある。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

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