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エジョフ

百科事典マイペディアの解説

エジョフ

ソ連邦の政治警察の指導者,大粛清の組織者。1917年にボリシェビキに加わる。スターリン体制下の1936年以降,内務人民委員として党・軍・政府幹部をはじめとする大粛清を行う。

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世界大百科事典 第2版の解説

エジョフ【Nikolai Ivanovich Ezhov】

1895‐1940?
ソ連邦の政治警察の指導者,大粛清の組織者。1917年にボリシェビキに加わり,内乱時は赤軍内で政治工作を行った。20年代から30年代にかけては党中央委員会,特にスターリンのもとで人事や治安機関への監督を行っていた。36年9月にヤゴダのあとを継いで内務人民委員となると,第2,第3次モスクワ裁判などで,党・軍・政府幹部をはじめとする大粛清を行い,エジョフ体制とよばれた。政治局員となるが,38年末に解任され,ベリヤにより粛清されたといわれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

エジョフ
えじょふ
Николай Иванович Ежов Nikolay Ivanovich Ezhov
(1895―1939?)

旧ソ連共産党幹部。1917年入党。30年より党中央委員会人事部長としてスターリンの人事政策を忠実に推進、頭角を現す。36年9月に内務人民委員に起用され、スターリンの指導下に大規模な粛清を実行。弾圧の「行きすぎ」の責任をとらされる形で、38年12月に解任。39年に銃殺と推定される。[原 暉之]

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世界大百科事典内のエジョフの言及

【大粛清】より

…ジノビエフらは〈トロツキー=ジノビエフ合同本部事件〉という見世物裁判において検事の偽造した自己の犯罪をすすんで認め,裁判後,銃殺された。36年9月,党中央委員会の官僚であったエジョフが内務人民委員となると党員に対する粛清の規模は拡大した。ピャタコフGeorgii L.Pyatakov(1890‐1937),ラデックらが裁かれ,また37年2月の中央委員会総会中,ブハーリンルイコフらが逮捕され,38年の第3次モスクワ裁判において死刑が宣告されて処刑された。…

※「エジョフ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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