政治犯罪の阻止・捜査に携わり、特定の政治体制と政権の安全および安定を図ることを目的とする行政警察の一部門。高等警察ともいう。
[糠塚康江]
警察国家観念を生み出した17、18世紀のヨーロッパ絶対君主制国家のいわゆる「黒い機密官房」が、政治警察の始まりとされる。それは広範な権限をもち、令状のない逮捕・拘留、拷問、強制収容所への連行など、恣意(しい)的なやり方で反体制運動を弾圧した。口では「公共の福祉」を唱えていたが、政治警察は絶対君主に対するいっさいの批判・抵抗を排除・挫折(ざせつ)させることを使命とし、君主なり権勢のある大臣なりの利己目的に仕えたにすぎない。それゆえ政治警察は、軍隊と並んで、特定の政治支配層を守る強力な武器となり、絶対主義国家の支配機構のかなめであった。19世紀に入り、ツァーリズムのロシアは、ナロードニキ、SR(エスエル)などのテロリズムに対抗して、オフラナ(オフランカ)とよばれる政治警察を設けている。近代政治警察は、フランス革命直後、王党派・ジャコバン派の左右両派抑圧のため、J・フーシェが創設した秘密警察網に端を発する。プロイセンの政治警察はこのフランスの政治警察に範をとり、ナチス・ドイツのゲシュタポ(秘密国家警察)によって基本的に継承されたといわれている。
[糠塚康江]
日本の警察制度は早くから政治警察に比重を置き、そのための機構が整備されてきた。1881年(明治14)には、警視庁の職責の重要な部分として「政治警察」「出版物」「外国人」に関する事項があげられて内局の所掌事項とされ、その後も政治警察課は、主管部局の変遷にもかかわらず継続して、1906年(明治39)高等課に名称を改めている。明治30年代以降のデモクラシー思想の普及とそれに伴う地方民衆の政治意識の向上、さらには政党政治の発達に対応して、1911、1912年には全府県に高等警察課が新設され、政治警察をつかさどる組織機構が全国的に整備された。大逆事件は社会主義運動に対する政府の警戒を決定的にし、高等課のほかに1911年警視庁官房に特別高等課(特高)が設けられた。1925年(大正14)全府県に特高警察課が設置されて全国的組織網が完成され、「国体」護持のため、高等課の所管事項を侵食して反体制運動、ひいては反体制運動とみなされる思想をも厳しく取り締まり、弾圧した。1936年(昭和11)の選挙粛正を機会に、特高警察は高等課を廃止に追い込み政治警察の地位を独占したが、第二次世界大戦後、GHQの指令により、関連法規とともにその組織は廃止された。
前記のことから、政治警察は絶対主義国家ないし独裁制に特徴的なものとされがちである。そこから「民主主義国家に政治警察なし」という系も生じてくる。しかし民主主義国家にも政治警察は国家存立の根幹として絶えず存在してきた。その任務は、国家もしくはその機関または憲法秩序および市民を反憲法的ないし反国家的企てから保護すること、立憲的国家秩序の攪乱(かくらん)および破壊の企図を摘発し阻止すること、それに関し容疑のある個人・集団・組織を監視し、必要とあれば捜査することである。政治警察は、その任務に要する情報を入手・収集する秘密情報機関と結合されていることが多い。アメリカのFBI、CIAをはじめ、イギリス、フランス、ドイツなどに政治警察が活動していることは、周知である。
[糠塚康江]
日本の現行警察法は、いわゆる市民警察活動に加え、「公共の安全と秩序の維持」という表現で政治警察を警察の責務としている。政治警察の役割を担っているのが、公安調査庁、警視庁の警備課・公安課、警察庁の警備局である。旧警察法下ではあるが、占領体制から安保体制への転換が図られていたなかで、1952年(昭和27)東大ポポロ事件、愛知大学事件をはじめ、各地の大学で学生と警備情報収集活動のため構内に立ち入った警察官との衝突事件が続発し、大学の自治が試されたように、人権保障を目的とする近代憲法の下での政治警察の存在は、深刻な疑問を提起せざるをえない。なぜなら、政治警察活動は、(1)将来起こるかもしれない、したがって特定されえない漠然たる犯罪の危険との関連において行われ、(2)民主政治の基礎をなす憲法で政治的結社活動・団体活動が保障されているにもかかわらず、もっぱら当局の判断において秩序破壊的であり、多衆の暴力だとされるものを対象とするため、捜査活動の範囲は無限に拡大して、国民の思想・学問・言論の自由、政治的自由に及ぶおそれがあり、(3)張込み・尾行・密行・盗聴などのスパイ行為を手段とするものだからである。そもそも政治警察の背後には、掲げる目的の民主性にもかかわらず、国家の存立は警察が守るという、警察を「後見人」ととらえる発想があると指摘されている。民主主義国家にあっては、何が国家の存立を危うくし、何が国家にとって不可欠かという重大な問題を判断するのは、本来、国民のはずだと思われる。
[糠塚康江]
『大野達三著『日本の政治警察』(新日本新書・新日本出版社)』
特定の政治体制や政権の安全および安定をはかることを目的とした行政警察の一部門。高等警察Hochpolizeiないし特高(特別高等警察)ということもある。また,その活動や行動に秘密性を特徴とし,ほとんど無限定に常態するものを秘密警察secret policeという。支配的な政治勢力に不利益を与え,不服従的であると考えられる個人や団体の行動・思想を対象とし,その情報収集,監視,規制,弾圧および順化などを行うことによって,反対勢力の運動を孤立化,抹殺することを目的とする。具体的には,選挙・集会・結社・大衆運動・宗教などの規制,思想・言論・出版の検閲および規制をとおして,革命運動,クーデタ,労働運動,農民争議,植民地独立運動などの反体制的運動の鎮圧,取締り,諜報活動を主要な任務としている。近代政治警察はフランス革命直後に,王党派とジャコバン派の左右両派の抑圧のために,J.フーシェが創設した組織に端を発する。歴史上最も有名なナチス・ドイツのゲシュタポは,このフランス政治警察を模したプロイセンの政治警察を基本的に継承したものといわれている。また,自由主義国家の典型であるビクトリア女王治下のイギリスにおいてさえ,革命以来の亡命貴族を監視する政治警察が存在していた。日本では,自由民権運動や政党活動を直接取締りの対象とする政治警察としての高等警察は,1886年に概念としてははじめて公文書中に現れ,組織としては90年に大阪府警察部に創設された。その後,大逆事件が政府の社会主義運動への警戒を決定的なものとし,1911年警視庁に特別高等課が新設されるに至った。第2次大戦後,GHQの指令によりその組織は関係法規とともに廃止された。現在は破壊活動防止法などに基づき,公安調査庁,警視庁警備課・公安課がある種の政治警察業務を担当している。
執筆者:御厨 貴
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