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オブルチェフ オブルチェフ Obruchev, Vladimir Afanas'evich

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

オブルチェフ
オブルチェフ
Obruchev, Vladimir Afanas'evich

[生]1863
[没]1956
ソ連の地理学者,地質学者。西トルキスタンゴビ砂漠,内モンゴルアムール川地方,アルタイ地域その他の調査を行なった。

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百科事典マイペディアの解説

オブルチェフ

ソ連の地理学者,地質学者。1886年以後ロシアトルキスタンシベリア内陸アジアの各地を調査旅行し,地質や資源の状態を詳細に研究した。主著《シベリアの地質》(1935年―1938年),《シベリアの地質学的研究史》(1931年―1959年)。

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世界大百科事典 第2版の解説

オブルチェフ【Vladimir Afanas’evich Obruchev】

1863‐1956
ソ連邦の地質学者,地理学者。ペテルブルグの鉱山大学卒業後,1919‐21年トムスク工科大学教授,21‐29年モスクワ鉱山学アカデミー教授。30年から永久凍土委員会委員長,39年ソ連邦科学アカデミー氷雪地学研究所長,42‐46年同地質地理学部長,47年ソ連邦地理学会名誉会長となる。オブルチェフはシベリアや中央アジア地質構造研究者で,1886年から90年代にかけてシベリア鉄道の建設計画に参加したときから研究を続け,1935‐38年《シベリアの地質》3巻,31‐59年《シベリアの地質調査史》5巻にまとめている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

オブルチェフ
おぶるちぇふ
Владимир Афанасьевич Обручев Vladimir Afanas'evich Obruchev
(1863―1956)

ロシアの地質・地理学者。ペテルブルグ鉱山大学を卒業して、トムスク工科大学、モスクワ鉱山大学の教授を歴任する。ソビエト科学アカデミー(現、ロシア科学アカデミー正会員で同会議の地質学・地理学部門書記や凍土学研究所長を務めた。カラクム砂漠、モンゴル、バイカルなどの学術調査に参加し、砂地起伏を4型式に区分した。『シベリアの地質』全3巻(1935~1938)など多数の著書がある。SF小説も著作している。[大森昌衛]

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